静岡文化芸術大学
スタジオレポート

長嶋洋一 (SUAC/ASL)


2000年4月、静岡県浜松市に開学した静岡文化芸術大学(SUAC)について、 特にデザイン学部技術造形学科について紹介する。公設民営方式のシステムと 「工房」「文化芸術センター」「人体機能実験室」等を含む大学施設について、 さらに大学新設にあたりデザイン学部と技術造形学科のカリキュラム構築を 担当した立場から「育成したい人材」について述べる。また、すでに具体的に 第1期生とともに創作活動を開始しているメディアアートデザインの現状に ついても報告し、2001年8月の音楽情報科学研究会夏シンポ開催地として 「新世紀メディアアートフェスティバル2001」(仮称)への参加を呼び掛ける。


1. 静岡文化芸術大学(SUAC)

静岡文化芸術大学(SUAC : Shizuoka University of Art and Culture)は、 2000年4月に静岡県浜松市( JR浜松駅前 )に開学した新しい大学である。

SUACキャンパス写真より :

学部構成としては、1学年200名定員の 文化政策学部 (国際文化学科・文化政策学科・芸術文化学科) と、1学年100名定員の デザイン学部 (生産造形学科・技術造形学科・空間造形学科) の2学部からなる。 学部は異なるものの、芸術文化学科(アートマネジメント、 キュレータ育成など)は筆者の属する技術造形学科とかなり 深く関係したテーマ(インスタレーション、パフォーマンス、 音楽など)が多く、既に両学科の教員の交流がスタートしているが、 本稿では以降、デザイン学部についてのみ述べる。

設立にあたっては、浜松市にあった静岡県立大学短期大学部(2001年3月で廃止)を 吸収改組する形で静岡県が新設4年制大学を企画したと言われ、静岡県・浜松市・ 地元財界が運営する 第3セクター の形をとっている。このため、私立大学ながら理事長は静岡県知事であり、 理事 には浜松市長やスズキ自動車会長などが名を連ねて 新大学設立準備財団が組織され、大学設置認可後もそのまま継承された。

施設・設備としては、作品展示ギャラリー、 ウェーブ状で芝生の敷き詰められた屋根(屋上公園)、 「瞑想空間」を擁する文化芸術センター、 一般にも公開されている自由創造工房、 学生教員の創作の場となる各種の工房、 など ユニークな施設 が揃っていて、公設民営らしく「開かれた大学」を目指している。

2. デザイン学部

デザイン学部は、世界デザイン機構会長の 栄久庵憲司 氏を学部長とする、生産造形学科・技術造形学科・空間造形学科の 3学科からなる学部である。 ここでは、 ユニバーサルデザイン の視点を当初から意識しており、これは カリキュラム にもよく表われている。

デザイン学部の入学試験科目としては、実技(デッサン等)が 基本的に必須となっている。これを受けて、 デザイン学部の学部共通科目としては、 デザインの認識 デザインの技法 デザインの活動環境 、 といった視点からカリキュラムを構成している。

なお、通常のスタジオレポートの定番であるコンピュータ 設備等のリストであるが、開学年次には全てを揃える ことなく、専門科目の開講年次に合わせて最新の機器を 整備していく計画であるため、本稿では詳細に紹介する ほどの情報はないことを了承されたい。ちなみに音楽関係 では、2001年春に学生1人1台のMac環境を完備し、 Max/MSP, SuperCollider, VST, Kyma等を使った サウンドデザインを開始する予定である。

3. 技術造形学科

技術造形学科は、自在研元会長の 松原季男 氏を学科長とし、開学時7名の 専任教員 によりスタート (藤澤教授は2001年4月着任)した学科である。 その カリキュラム としては、現実に「もの作り」を手の感触とともに積み重ねた上で、 コンピュータを活用(CAD/CAM/CAE)した「映像のデザイン」 「動きのデザイン」「音のデザイン」、そしてそれらを統合した 「システム化のデザイン」を目指している。

このため、工学系の大学とは異なるアプローチであるが、 コンピュータによる設計開発支援環境をブラックボックス として活用・駆使しつつ、実際には、機械工学・電子工学・情報工学などの 工学的要素を多くの演習を通じて体得するように カリキュラムが構成されている。

卒業研究・卒業制作での具体的なターゲットとしては、 映画/ビデオ・CGアニメーション・インスタレーション・ ロボット・コンピュータ音楽・Webサーバ・インターネット 放送・アーケードゲームなど、多様な形態が想定 されているが、これは今後、学生と教員とでともに 考えていく予定であり、制約や枠組みにとらわれない 自由な発想を尊重していくつもりである。

4. 特別ゼミ「虎の穴」

4-A. 「虎の穴」とは

筆者は開学間もない2000年5月、技術造形学科1期生に対して 以下のような案内を行い、私的なゼミとして「虎の穴」と 名付けたプロジェクトをスタートさせた。この「期待される人材像」 は大学全体として必ずしもコンセンサスを得たものではないが、 筆者の考える「育成したい人材像」の反映である。

SUAC技術造形学科 1106長嶋研究室 私的ゼミ  メディアアーティスト育成道場「虎の穴」

これからのメディアアーティスト像
これからのメディアアーティストは、グラフィクス、映像、造形、サウンド、エレクトロニクス、メカトロニクス、ソフトウェア、ネットワーク、等の個別の専門領域のいくつかにおいて卓越した知識と経験とノウハウとセンスを持つことは当然として、さらにそれらを融合・統合したり関連領域の専門家とのコラボレーションにより総合的なシステムデザインを実現する能力を身につけることが重要であると考えます。このためには、よりアンテナを広げ、好奇心と感度を拡張させ、新しいことにチャレンジすることで体験的に自分を向上させることが一番であると思います。

「虎の穴」とは
静岡文化芸術大学デザイン学部技術造形学科は、このような視点を念頭にカリキュラムを構成した新しいコースですが、一般的な大学教育の枠組みという制約もあり、標準的な履修モデルに従った教育体系では、具体的な作品創作などのステップは3回生後半まで待たされる、という制度になっています。しかしこの一方で、才能と意欲ある学生がより早い段階から先進的なアプローチを学ぶ、いわゆる「飛び級」システムの有用性も広く知られています。技術造形学科の場合、入試において基本的な能力や意欲を認められてきている学生がほとんどであり、この芽を詰むよりも早期から伸ばすことを重視したい、というのが、この私的ゼミ「虎の穴」の発想の原点です。
ここでは、マスプロ的に誰にでも平等な教育を行う標準的なカリキュラムを離れて、具体的なターゲットを設けて、実際にデザイナ、制作者、ディレクタ、コーディネータ等として、コラボレーションを中心とした作品創作発表活動を行うことにより、広範な関連領域を知ること、自分の新たな可能性を発見することを大きな目標としています。参加資格は、前向き・意欲的であることだけです。メンバーはそれぞれのプロジェクトごとに「期」を区切って集め、適宜増減します。

このコンセプトのもと、技術造形学科学生にプロジェクトごとに 参加を呼び掛け、自分から志願したメンバーによりいくつかの創作活動を 既に進めてきた。以下に、その概要を紹介する。

4-B. 第1期「虎の穴」

SUACは「地域に開かれた大学」という性格を持つために、機会あるごとに 大学を地域・市民に公開している。その最初のイベントとなったのが、 2000年5月28日に開催された「一般公開デー」である。そこで、記念すべき この最初のイベントに向けて「第1期虎の穴」が組織された。メンバーは、 ガイダンス時に筆者が配布した案内に興味を持って研究室を訪問してきた 5名の学生、さらに技術造形学科の教員3名によるコラボレーションである。

作品としては、SUAC内の講義室に多数配備されている 大型プラズマディスプレイ を8台並べたスペース内で、来場者の移動をセンシングして、画像とサウンド とが駆動される、インタラクティブ・マルチメディア・インスタレーション を目指した。これは、入学までは大部分の技術造形学科学生がアニメや ゲーム等のCGを志向している状況に対して、もっと違った形の作品がある、 という視点を提供する、という意図から企画したものである( 下図 )。

まず、画像素材の取材として、学生有志とともに森林公園にロケに行き、 テーマ「森海(しんかい)」を意識して、森林公園のあちこちの風景をHi-8に撮影した。 これを研究室のIndyにより約200枚の静止画データとしてキャプチャし、 さらに「著作権フリー素材集」CDROMからも素材として利用して、 全て学生がPhotoshopで制作したCGを映像素材として利用した。 この静止画素材をDirectorによるスライドショーとして自動描画させた 疑似ムービーを、それぞれ2本の2時間VHSテープに録画して、 3台のビデオデッキで連続再生して筆者オリジナル制作の MIDIビデオスイッチャによりMaxから切り替えた。 以下は、コラボレータとなった技術造形学科教員の 李 講師の 指導のもとで学生が制作したCGの一例であり、これらの作品は全て Webにて公開 されている。

デザイン学部の作品として、機械的なセンサが露出するデザインは 許せないために、キーエンス社のFA用センサを仕込んだ 造形物(オブジェ)を制作することとし、コラボレータとなった 技術造形学科教員の 佐藤 講師の指導のもとで、学生と教員とが 共同でオブジェを制作した。これは、今後の技術造形学科における 創作活動の最初の実演という意義をもった。 以下はそのオブジェの外見である。

キーエンス社のFA用センサは、反射板までの赤外線ビームを遮断 する状態をON/OFFとしてリレー出力(スイッチのようなもの)しているので、 この7個のスイッチ状態をMIDI化してMAXに送るインターフェースを新規に 製作した。今回は筆者が設計・製作したが、いずれは学生自身が行える ようになるべきサンプルとして、技術造形学科における作品制作の 生きた実例となった。

センサ部分は、オブジェとして制作して、展示会場ではケーブルで かなり長く伸ばすので、延長コードとしてRCAのピンケーブルを使用した。 また教育的な意図から、敢えてケースに入れずに基板ムキ出しにして中身が 見えるようにした。そこで全体としては下図のように、8個のピンジャックと マイコン「 AKI-H8 」の並ぶ外見となった。

本稿では詳細は省略するが、マイコンAKI-H8のソフトウェア開発は、 PowerBookでVirtualPCを走らせて、そこにWindows95を走らせて その中でDOS窓を開き、ソースプログラムは秀丸エディタで編集し、 秋月電子のツールでアセンブル、リンク、そしてフラッシュROMに書き込む、 というループを回すことで、30分ほどで完成した。以下はその模様である。

「一般公開デー」での作品の 展示風景、 配布した作品「森海」紹介の パンフレット、 このプロジェクトに参加した学生の レポート集 などもWebで公開しているので参照されたい。

なお、2000年8月2日の「オープンキャンパス」という行事の中では、 技術造形学科としてコンパクト版ながら仕掛けとしてほぼ同様の システムで展示発表を行ったが、この際には「第1期虎の穴」メンバーが 中心となって技術造形学科学生だけで自主的に作品制作(CG、 サウンド、Maxパッチ等)を行い、 敢えて教員は手を出さずに展示を成功させることができた。

4-C. 第2期「虎の穴」

筆者は、2000年9月17日、静岡大学浜松キャンパスで開催された、 情報処理学会・電子情報通信学会等の合同シンポジウムにおいて、「 インタラクティブ・メディアアート 」というタイトルで講演を依頼された。このテーマは単なる「お話」では あまり面白くない事もあり、座長と相談した上で、実際に具体的な新作の 作品公演を行うという構想に至った。そこで、これを「第2期虎の穴」の テーマとして取り上げ、マルチメディア作品のグラフィクス・パートの共同制作者 として、さらに実際の作品制作に立会うことを目的として参加者を募集した。

作品形態としては、パフォーマンスを伴ったインタラクティブ・メディアアート作品であり、 センサを装着したPerformer(SUAC芸術文化学科学生)のダンスにより音楽と映像が 駆動される。DTMのようにあらかじめ固定的に確定した演奏情報を「再生」するのでなく、 アルゴリズム作曲の手法で構築したシステムがリアルタイムに音楽情報を生成する、 原理的に同一な演奏は二度とない「一期一会」の公演である。 

まず最初に、作品コンセプトを統一する意味で、「第2期虎の穴」に志願して参加した 9名の技術造形学科学生は、筆者とともに数十冊の詩集から共同で選んだ詩から 3つを選び、これを作曲とCG制作とパフォーマンスの共通イメージとして共有した。 9名の学生によるCG制作は、「一人5枚の連続したCG画像を制作。最後の1枚を 次の人に渡し、次の人はこれをスタートの素材として5枚のCGを制作」という 「連画」の手法によって、最終的に45枚のCG画像を創作した。 以下はその中の一部である。

これと並行して筆者はKymaの音響信号処理/生成アルゴリズム、 自然環境音を中心とした音響素材の制作とシステム構築を進め、 試作サウンドCDをPerformerに渡してイメージ共有を図った。 サウンド系の素材、CG画像が揃ったところで、共同でMax上に 実現する全体構成アルゴリズム(パッチ)を修正改訂して作品構成作業を進めた。

システム は、作曲の一部として筆者の製作したオリジナル機(★印)を含めて、

  • Performerの6箇所の関節の曲げをセンシングするMIBURI-sensor★
  • この情報を受けてシステム全体を制御するMac内のMAXパッチ
  • その出力を分配するMIDIスルーBox★とMIDIフィルタ★
  • CGを切り替えるMac内のリアルタイム画像処理ソフトImage/ine
  • リアルタイム音響信号処理システムKyma
  • GM音源SC-55
  • MIDI制御ビデオスイッチャ★
  • PAとプロジェクタ
という構成により実現した。

もともと、その場に居合わせた人だけを対象として制作したパフォーマンス 作品なので、本稿でこれ以上、この作品について紹介することは不可能で あるが、学生の制作した CG作品集、 また、参加した学生の レポート集 などをWebで公開しているので参照されたい。


作品 "Wandering Highlander" に用いたコンピュータ群

4-D. 第3期「虎の穴」

第3期「虎の穴」のターゲットとなったのは、2000年12月16-17日 に東京工科大学で開催される、情報処理学会音楽情報科学研究会 「インターカレッジ・コンピュータ音楽コンサート」での作品発表 である。ここでは完全に作品創作は学生の活動であり、「虎の穴」の 活動のあるべき姿として、本命とも言えるものである。 本稿の執筆時点ではまだ公演が終わっていないので、その詳細の報告に ついては別の機会に譲ることにする。

発表としては、「造形作品を用いたパフォーマンス」という形態 のライブ作品公演である。ステージ上に大小4個のオリジナル 造形作品(光を受けて回る「風車」)があり、ここにライブ制御の照明や、 サーチライトや光の遮蔽物を持ったperformersが加わった パフォーマンスを行う。風車は変化する光とともに動きが変化し、 この変化をセンシングした情報がMAX上のアルゴリズム作曲系を 駆動して、背景音響系とともに全体のサウンドを構成する。

技術造形学科教員の指導のもとでの造形物の制作、 さらにMaxによるセンサ情報処理、シーケンサによるBGMパート制作などを、 作家として参加する3名の学生「Team風虎」が自主的に行い、 ステージ上でのPerformanceを担当する7名、照明スタッフ等、 総勢11名の参加によるプロジェクトとなった。この体験が、 今後の創作や学習において有意義であることを期待している。

なお、第3期「虎の穴」の終了を待たずして、 早くもさらに新しいテーマを掲げての「次期虎の穴」募集も始まっている。 意欲ある学生の参加により、さらに挑戦的なテーマと発表の場を求めていきたい と考えている。

5. 音情研・夏シンポ2001開催について

SUACは、2001年8月の音楽情報科学研究会・夏のシンポジウムの 開催地として立候補し、承認された。期日は2001年8月4日-5日である。 また、同時にこの期日を含む1週間程度の期間に、公募インスタレーション 作品等を展示する公開展示ギャラリー、さらに内外で活躍する作曲家を 招聘しての8月4日-5日の2夜連続のコンサートを中心とした、 「新世紀メディアアートフェスティバル2001」(仮称)を企画している ところであり、大学事務局からの支援も約束されたところである。

詳しい案内はいずれWeb等で行う予定であるが、JR浜松駅前という 絶好のロケーション、市民県民マスコミの注目と地元産業界(ヤマハ、ローランド、 カワイ等の楽器産業のメッカでもある)の支援、そして良好な音響の ホールや施設を活用した21世紀初めての音楽情報科学研究会夏シンポ、 という特色あるイベントとする計画である。

今から計画して、研究発表だけでなく、例えば学生インスタレーション作品 のギャラリー展示などへの参加も積極的に行い、互いに交流し刺激しあう 場として活用していただきたいと考えている。関係各位の参加を期待したい。