ダマシオ「生存する脳」(デカルトの誤り)から
- 身体は情動のための劇場である
- 感情とは、身体風景の一部の瞬間的な眺望である - 身体情報(身体の構造と調節)を統合している末梢神経と脳領域により支えられている
- 脳は身体の「獄中の聴衆」として進化してきた - 身体状態がpositiveであれば思考は早くアイデアが湧く - 身体状態がnegativeであれば思考は遅く反復的になる
- 脳内に表象される身体が、「心」に不可欠な基準を構成している
- 人間の脳と身体は分離できない有機体であり、違いに作用し合う「生物化学的調節回路/神経的調節回路(内分泌、免疫、自律神経等)」によって統合されている
- 有機体は一個の総体として環境と相互作用している - 相互作用は身体だけのものでも脳だけのものでもない
- 「心」は脳からだけ生み出されているのではなく、構造的/機能的な効果から生み出される生理学的作用である
- 個人的/社会的領域における推論/意思決定のプロセスと密接な脳領域 → 感情の処理においても重要な役割
- 日常生活(一瞬一瞬が意思決定)において合理的な推論・意思決定を行うことができるのは「感情」があるため
- 身体は「生きているという感覚の基盤」であり、脳に信号を送る/脳から指令されて動くという機械的付属物ではない
- 無意識の(意図されていない)反応選択は進化的に古い領域で連続的に行われている
- 一次の情動を伝えるチャンネル(顔色・姿勢・表情など)を利用して二次の情動を外部観察者に伝える
→その情動的表象から内受容感覚によって脳にシグナルが伝わる
- 「身体ループ」:実際に脳→身体→脳というループで身体をモニタする
- 「あたかも(as if)ループ」:実際に脳→(身体)→脳という脳内だけのショートカットで身体はパスしている(予測)
- 無意識的に予測している状況と現実とが違った→情動/感情として高速に脳に通知される
- 人間は「予測」と「意思決定」を刻々と繰り返している(意識/無意識)、これが「現在」
- 意思決定の際に情動として「何となく嫌な予感」など作用するのがソマティック・マーカー(過去の経験から分泌される)
- あたかも(as if)ループ(高速反応)では実際にソマティック・マーカーが無くても無意識的に脳が反応する→「直感」
- 脳損傷患者はアイオワ・ギャンブリング課題で無茶をする - 報酬系の異常からSMHがきちんと機能しない(善悪の判断が欠如)
- 身体と脳が環境を知覚するところから「自己(self)」が生まれる - これが「心」の本質
- 人間の脳だけ取り出してセンサとアクチュエータ/ディスプレイを接続しても「心」「自己」を持たない(身体が無いので)
- 感覚とは二重の情報をもたらす - 感覚器からの情報 + 知覚しているという身体感覚
- 身体と脳と心は一体であり分離できない→デカルトは誤っている