真空管のクールな音

真空管のクールな音 98/11/04 09:47


> IEEE SPECTRUM 8月号では「The cool sound of tubes」ということで、真空管アンプの
> サウンドがトランジスタ等よりもクールである、というような雰囲気の、一部
> に喜ばれそうな記事でした。真空管とTRとFETとトランス(^_^;)の、入出力特性
> が並んでいます。(^_^;)

ということで翻訳ボランティアを呼びかけたのですが、なんとこのたび、
凄い立派な作品が届きました。(^_^)(^_^)

【真空管のクールな音】

 ソリッドステート全勢のこの時代に真空管が使われている分野が2つだけあ
る。高周波高出力を必要とするマイクロ波、そして一方、音楽を創造する世界
である。人間の聴覚は非線型で複雑なため、モデル化がうまくできず、オー
ディオ機材の性能を測定しても評価の正当性は疑わしい。
 楽器用(ギター)アンプ、スタジオ用録音機材、Hi-Fiオーディオといった
分野では90年代になっても真空管が使われている。日本、台湾、中国では高級
オーディオが熱狂的ファンを得ており、アメリカやヨーロッパのビンテージ・
ギターやギターアンプがコレクターズ・アイテムとなっている。

[なぜ真空管か? ---- 主観的理由]

 前記の3分野はいずれも音楽創造・再現に直接かかわっているのであるが、
それぞれまったく別の性質を持っている。
 高級ステレオアンプとギターアンプを比較した場合、EL34のような出力5極
管が使われ、回路もほとんど同じである。ところが、1950-60年代の初期のロッ
クで使われた真空管アンプの歪んだ音がエレキギターの標準となった。このよ
うな特徴的な非線型性がアメリカやイギリスのミュージシャン文化を形成した。
 振幅の飽和(クリップ)効果は金管楽器のような音となる。出力管とスピー
カーとの仲介役の出力トランスは、飽和歪みによってアンプの音を特徴付けて
いる。
 もうひとつの要素--タッチによる音色変化は回路の非線型性と電源電圧の不
安定さによるものである。
 スピーカーからギターの弦に音響的フィードバックをかけ無限に鳴り続ける
演奏(いわゆるフィードバック奏法)は真空管アンプの持つコンプレッション
効果によって可能となるもので、ソリッドステートアンプではなかなかうまく
いかない。

 これまで30年以上の間、多くの技術者によって真空管シミュレーターが作ら
れ、成功を収めたものもあるが、多くのアマチュアやプロのミュージシャンは
やはり真空管を好んでいる。
 このような考え方は業務用録音機器の世界にも影響を及ぼした。1985年以降、
真空管の柔かく快い響きに魅せられたレコーディング・エンジニアたちがいる。
 真空管に比べて最近のディジタル録音やミキシングは滑らかさに欠ける。
これはソリッドステートであるということ自体よりも、電解コンデンサーと安
価なOpアンプによるものである。
 理由の真偽はともかく、真空管式コンデンサーマイク、プリアンプ、リミッ
ター、イコライザーが使われるようになった。

[なぜ真空管か? ---- 客観的理由]

 真空管とトランジスターの違いは元々の物理特性と回路構成、部品による。
3極真空管の総合歪率はトランジスターやFETよりも低く、歪みの次数も低
い。真空管のクリップ(飽和)特性はトランジスターと比べてそれほど柔らか
くはないが、トランジスターでは負帰還によって先鋭化されてしまう。ソリッ
ドステートの回路では大量の負帰還をかけるため、オーバーロードした場合の
特性が悪くなってしまう。
 少量の負帰還、または無帰還ならば歪みを感じさせずにオーバードライブさ
せることができる。負帰還が多いとクリップやスルーレートに起因する過渡混
変調歪も発生する。
 クリップによる歪みだけではなく、半導体は温度によって特性が変化するた
めB級アンプではクロスオーバー歪も増える。しかし、カタログ・スペックは
最大出力時の歪率を記載するため、クロスオーバー歪は最小値しか表れない。
(信号レベルが小さいほどクロスオーバー歪は大きくなる。)
 民生用真空管アンプはA級またはAB級の回路を使うため、小さな信号レベ
ルでもクロスオーバー歪は発生しない。

 出力トランスもまた真空管アンプに隠された大きな要因である。歪の2次成
分が大きさが暖かみを造り出し、立ち上がりの遅さが滑らかさの素となる。出
力トランスは時間軸でも周波数軸でも信号を変える非線型素子なのである。ト
ランスによる高調波歪は1%以上と大きいが、ほとんどが2次と3次の成分で
あり、他の電子回路と違って周波数に依存する。

 混変調歪は低い周波数の信号が同じ経路を通る高い周波数の信号に変調をか
けることによって発生する。高調波歪よりも混変調の方が耳につきやすい。
 電子回路では混変調歪が高調波歪の3倍から4倍発生するが、トランスでは
1/3から1/4程度である。
 ソリッドステート回路では大量の負帰還がクロスオーバー歪も含めたすべて
を解決している。普通、Opアンプのオープンループでの歪率は20%から70%の
範囲で、安定性を維持するためには-6dB/Octの周波数特性が必要である。これ
は、可聴周波数よりも高い信号に対してOpアンプは歪を解消するためのゲイ
ン・マージンがほとんどないということを意味している。この超高域信号は歪
んだ状態で次の増幅段に送りこまれ、更なる歪と混変調を生み出す。この混変
調が非調和で人工的な音として聞こえ、ノイズ・フロアーを汚し、音楽の微妙
な特質を隠してしまう。

 一方、真空管は元々ノイズが多い。オーディオ帯域では1/fノイズが優勢なの
で、素子の選別が必要となる。
 能動素子自体に加えて受動素子による違いもある。トランジスターはインピー
ダンスが低いので段間の結合に大きな容量のコンデンサーが必要となり、電解
コンデンサーを使うことになる。漏れ電流、高周波特性の悪さ、経年変化といっ
た欠点のため、真空管アンプでよく使われる良質のフィルム・コンデンサーに
比べて音質面で不利である。
 しかし、電解コンデンサーの問題は低い周波数にある。漏れ電流のヒステリ
シスが低い周波数領域での高調波歪を増やしている。

 ギターアンプでは別の観点もある。トランスが飽和するときコンプレッショ
ン効果が働き、太い音が出るというのである。ソリッドステートではできない
芸当である。

[ギターアンプの変遷]

 ギターにピックアップを取り付け、アンプ、スピーカーを接続しようという
アイディアが最初に出たのは1930年代であった。
 初期のギターアンプはスティール・ギターに使われた。その後、1950年代に
はブルース、カントリー、ジャズが融合したロックンロールにとって必須のも
となった。
 トランジスターが広く使われるようになる1960頃まで、すべてのロック・ギ
ターのスタイルは真空管の上で形成された。後に、ギターアンプの前に増幅器
を接続することによって更に激しく歪ませるようになり、ハードロック、ヘビー
メタルへと発展する。
 これまでに出現したギターの演奏スタイルはいずれも今でも有効で、機材の
市場は交錯している。さまざまなメーカーがパワーアンプ、プリアンプ、エフェ
クター等を作っていて、古い機器のレプリカから革新的なものまで手に入れる
ことができる。特筆すべきは、真空管アンプの基本設計は1950年代から60年代
初頭に作られた数機種を基にしている点である。チャンネル数や増幅段の追加、
トーン・コントロール回路の改造、リバーブやトレモロ等のエフェクト、色々
な形のスピーカー・キャビネットといった違いはあるものの、基本的な回路は
結局同じ所へ戻ってくる。

[ベースギターの場合]

 ベースはリード・ギターとは異なり、音楽のリズム面を強化し、音域はメロ
ディーよりも数オクターブ低い。ほとんどすべてのベースはソリッド・ボディー、
すなわち普通のエレキギターをそのまま大きくして弦を太くしたものであるが、
歪んだ音はあまり使われないのでソリッドステートも市場を揺るがせている。
ダンピングファクターが高く、低い周波数で大きなパワーの出るアンプならば
ベースアンプとなりうる。
 しかし1990年以降、真空管ベースアンプの人気が上昇してきた。

[業務用機器(プロ・オーディオ)]

 ギターアンプやベースアンプはプロ・ミュージシャンを対象にしたものであっ
てなぜかプロ・オーディオとは別のものと考えらえている。
 通常、プロ・オーディオは拡声装置および録音装置として定義されるが、そ
れらの用途はいくぶん異なっている。拡声装置(PAシステム)はライブ・ス
テージで使用され、耐久性と信頼性が最も重視される。録音装置はスタジオで
使用され、伝達特性が重要となる。
 録音スタジオで真空管が使われている最も一般的な例はボーカル用のコンデ
ンサー・マイクである。各種のマイクはカプセルと呼ばれるそれぞれ独自の変
換器を持っており、周波数特性、位相特性、歪率は異なっている。どんなにう
まく設計されたカプセルでも完璧なものはなく、それらの特性を芸術的に生か
すのが録音技術者の腕である。
 コンデンサー・マイクにおける真空管の優位な点は、入力インピーダンスが
非常に高くカプセルに負荷を与えないことである。また、非常に声量の大きい
歌手の場合、ソリッドステート回路のダイナミック・レンジを遥にオーバーし
てしまうようなピークに対しても、高電圧動作の真空管ならば柔らかなクリッ
プですむ。
 真空管式マイクと同じぐらい人気を得ているのが特殊なプリアンプ、いわゆ
るダイレクト・ボックスで、その役割は電圧増幅、インピーダンス変換、出力
のバランス化である。この種の機器で最も好まれているものは、ソリッドステー
ト回路の中に1本だけ真空管を使用し、12AX7を12Vという低電圧で動作させて
いる。「飢えたプレート」によって大きな歪みを得ることができ、これがオー
ディオにおける真空管の唯一の利点だという設計者もいる。
 その他、録音スタジオでよく使われる真空管機材は、プリアンプ、コンプレッ
サー、リミッター、イコライザーである。また、特殊な例ではハモンド・オル
ガンに接続する回転スピーカー(レスリー・スピーカー)がある。

[高級オーディオ]

 真空管オーディオの中で高級オーディオは最も変わった領域であろう。高級
オーディオを支えているのは、多くの人々が聞きのがすような細かい部分にま
で気をつかう熱狂的なマニアである。最近まで高級オーディオの市場はソリッ
ドステートがほとんどを占めていた。真空管への移行は1970年以前のビンテー
ジ・ハイファイ・アンプに対する回顧的なサブカルチャーとして始まった。
 ミュージシャンと違ってオーディオ・マニアは真空管のクリーンでスムーズ
な音、場合によっては初期のソリッドステートよりも遥に細やかで生々しい音
を好む。
 ギターの世界と同じように高級オーディオも画一的な市場ではない。真空管
アンプに対する要求は3つに分類することができ、オーディオ・マニアはそれ
らの中から好みの回路を選択する。設計者側は1方式にこだわり、他の方式に
対して激論を戦わせる。
 少し前まで、大部分の高級オーディオは6550かEL34のプッシュプルに20dB以
下の負帰還をかけた伝統的なHi-Fi回路が使われていた。しかし、最近になって
シングル・アンプの人気が上昇してきた。出力3極管を1本か2本使い負帰還
をかけないという方式が日本から始まった。歪率は悪く、原理的に第2高調波
が多い。出力は小さいので高能率のスピーカーが必要となる。副次的な現象と
して、「色付け」がされるといって嫌われてきたホーン・スピーカーの人気が
復活するようになった。
 第3の、最も少数派の方式は出力トランスレス(OTL)である。インピーダンス
の低いスピーカーを真空管で直接ドライブするのは難しい。低インピーダンス
の3極管か4極管を多数使ってプッシュプルを形成するのである。それにもか
かわらず、非線型な出力トランスを取り除くことは努力に価すると考えるオー
ディオ・マニアもいる。

[真空管の選択]

 真空管アンプの設計者はごく限られた種類の真空管のみを使う傾向にある。
ギターアンプでは昔ながらの Fender/Marshall/Vox と同じ真空管を使用する。
プリアンプには12AX7、位相反転とドライバーには 12AX7か12AT7、出力用には
6L6GC,6V6GT,EL34,EL84,6550 のうちのいずれかが使われる。
 1980年代後半、Matchlessが登場したとき、入力段にはローノイズ5極管EF86
が使われ、ミュージシャンたちを困惑させた。しかし、ついにはそれが流行と
なり、真価を発揮した。
 一方、プロ・オーディオではそれほど固定化はしていない。12AX7,12AU7,
12AT7,12BH7,そしてある時には12AY7等も使われる。低価格の機材に12AX7が使
われるのは、ギターアンプで最も多く使われていて手に入りやすいからである。
 高級オーディオでは1950年代後半から1960年代にかけての代表作に依存し、
6550かEL34が使われる。また、シングル・アンプの到来によって、300B等の直
熱3極管が使われるようになった。

[更なる魅力]

 ソリッドステートの設計者は、ダイオード・クリップやコンプレッサー等の
アナログ回路で真空管ギターアンプの伝達特性や歪のシミュレーターを作ろう
としてきた。このような製品はごく一部の人にしか認められなかったものの、
最近ではディジタル信号処理(DSP)や物理モデリングによって、厳しいミュー
ジシャンの間でも評価されるようになってきた。しかし、実際に真空管に追い
付くまでにはほど遠いという意見も根強い。
 プロ・オーディオにおける真空管の最後の開拓地はミキシング・コンソール
であると思われる。スタジオ・ワークの心臓部で、初めの信号経路、イコライ
ザー、エフェクトのコントロール、ミックス・ダウンといった役割を持つ。
ほとんどのスタジオで使われているミキサーは大きくて複雑で、コンピュー
ター制御による自動ミックス機能を持っているものが多い。大きなミキサー卓
は高価であるにもかかわらず、5534のような安価なOpアンプと、段間結合に
は電解コンデンサーが使われている。これでは不十分だという録音エンジニア
もいて、ミキサーの真空管化を推進している。
 最も興味深い新作は、1990年に登場したオーディオ用真空管である。旧来の
6L6GCや12AX7のイミテーションや改良版ではない、新しいタイプのものでも市
場に受け入れられている。

 真空管は、ギターアンプの世界において揺るぎない地位を得ている。録音ス
タジオや家庭用オーディオについては道楽のように見えるが、伝統もあり一夜
にして消え去るものではない。真空管を使う技術的理由は、ある用途でははっ
きりしているし、設計者も使用者もよく理解している。音楽的嗜好が真空管を
要求するかぎり、来世紀以降も真空管製品と真空管そのものも生産され続ける
であろう。