アルゴリズム作曲における
非周期的ルールの考察

1996年4月 長嶋洋一


乱数やカオスのアルゴリズムをベースとした自動作曲システムにおいて「音楽らしく」 聴取されるための最少限の生成規則について、「非周期的ルール」という視点か ら具体的な作品に適用した事例の紹介とともに音楽的な考察を行い、聴取実験とともに 広く意見を求める。

1. はじめに

コンピュータ音楽の一領域である「アルゴリズム作曲」「リアルタイム作曲」に関する 研究において、マルチメディア・インタラクティブ・アートとしての実験的作曲および パフォーマンス活動とともに検討と考察を進めている。[参考文献 1 - 14]

研究および作曲の環境としては、下図のような「MAX」を用いている。

これは、もっとも単純な乱数に基づく音列をリアルタイムに生成するアルゴリズムであり、 リアルタイム作曲動作と同時に「音列生成のためのメトロノーム速度」「乱数生成の ダイナミックレンジ」「乱数の1ステップを半音いくつにするか」「MIDIノートナンバの オフセット」等のパラメータをリアルタイムに変更できる。 また、

このアルゴリズムでは、1次元Logistic Function :

X(n+1) = p・X(n)・{1-X(n)}

に従ったカオス演算による音列生成のアルゴリズムを構成し、2系列のカオス音楽を実現している。

2. 自動作曲のためのアルゴリズム

このようなMAXによる一種のリアルタイム自動作曲システムでは、あらかじめシーケンサ のように確定している音楽演奏情報を「再生」するのではない面白さがあるが、上図のような 単純なランダムでは「12音ミニマルミュージック」から抜け出せないことが多い。そこで、

のようなアルゴリズムによって、「12種類のピッチクラスごとに出現確率の重みづけを変える」 という手法がよく用いられる。ここではMAXというリアルタイム環境のために、刻々とTonalityを 変化させることも容易である。また、

のように、乱数を入力して所定のピッチクラスを参照出力する「テーブル」オブジェクトを活用すると、 より調性的な音楽に適合したスケール / テンションノートの生成も可能である。この場合にも、 複数種類のテーブルをリアルタイムに選択したり、テーブルデータ自体を刻々と変更することは容易であり、 シーケンサ音楽のように固定されない柔軟な音楽を生成するためには有効である。

3. 作品「David」に用いたアルゴリズム例

実際の作品にこのようなアルゴリズムを適用する場合には、ライブ演奏に必要な要素として

・人間のPerformerからの演奏情報を入力しパターン認識を行う

・全体の作品としての時間的進行(シナリオ)に従った制御部分

・CGやビデオ等の映像とのインタラクション

なども加わり、非常に複雑なものとなる。

は、1995年10月に「日独メディア・アート・フェスティバル」(京都)で発表した作品 「David」の音楽パート部分であるが、ここにはセンサによってこの音楽系とリアルタイム CG系を駆動する部分の処理はまったく含まれていない。

このパッチ部分では一定間隔の基本ビートを3分割/4分割/5分割したベースラインと ドラムが一種の乱数として生成されるとともに、人間のPerformerのセンサ情報に応じた 音響も生成し、さらに背景音楽として

のサブパッチのようなブロックも実行している。この部分は筆者の発見したノウハウの核である。

4. 作品「Muromachi4」に用いたアルゴリズム例

は、最初はステージ上のパフォーマンス作品として作曲し、後にギャラリーでの体験型 インスタレーション作品に進化した作品「Muromachi4」の音楽パート部分である。 AMIGAコンピュータによる「CGのお絵描き」情報がMIDIとして入力されるが、このパッチ内にも、 マウスで描画できるエミュレータを用意している。

この作品には「ラインの色を変えて線画を描く(draw)」「クリックされた閉領域を塗りつぶす(paint)」 「各種のSTAMPを押す(stamp)」「画面エフェクト(effect)」「画面消去(erase)」「人間の操作が 途絶えると環境音(main)」というようなモードがある。

のパッチ部分はpaintサウンドを生成する。

は、「Muromachi4」のstampモードのBGMパート部分である。ドラムマシン風の単純な 音楽のように聴取されるが、内部では細かい味付けとして、

・テンポが120から130の間でなめらかに増減して、微妙に速度が揺れる

・16ビートに、たまに変拍子が入る

・Vibraphoneの分散和音のスピードも微妙に緩急の差がある

・アドリブピアノ部分は乱数とスケールのテーブル参照

などが行われている。また、

のパッチ部分はeffectサウンドを生成する。

は、「Muromachi4」のpaintモードのBGMパート部分である。

5. おわりに

MAXによるリアルタイム自動作曲のアルゴリズムを実例とともに紹介した。 このような実験的研究から新しい作曲手法が出現する可能性もあり、今後も機会を みて実際の作品として適用するとともに、音楽的ノウハウを広く公開して、 音楽家・研究者・愛好家の輪として交流していきたい。

参考文献

[1] 長嶋洋一 : Chaotic Interaction Model for Hierarchical Structure in Music. 情報処理学会平成5年度前期全国大会講演論文集II, 1993.

[2] 長嶋洋一 : Musical Concept and System Design of ``Chaotic Grains''. 情報処理学会研究報告 Vol.93,No.32 (93-MUS-1), 1993.

[3] 長嶋洋一 : Chaotic Interaction Model for Real-Time Composition. 1993年度人工知能学会全国大会論文集I, 1993

[4] Y.Nagashima, H.Katayose, S.Inokuchi : PEGASUS-2: Real-Time Composing Environment with Chaotic Interaction Model. Proceedings of ICMC, 1993.

[5] Y.Nagashima, H.Katayose, S.Inokuchi : Chaotic Interaction Model for Compositional Structure. Proceedings of IAKTA / LIST International Workshop on Knowledge Technology in the Arts, 1993.

[6] 長嶋洋一 : Chaos理論とComputer Music. 京都芸術短期大学紀要[瓜生]第16号1993年, 1994.

[7] 長嶋洋一 : マルチメディアComputer Music作品の実例報告. 情報処理学会研究報告 Vol.94,No.71 (94-MUS-7), 1994.

[8] 長嶋洋一 : Multimediaパフォーマンス作品Muromachi. 京都芸術短期大学紀要[瓜生]第17号1994年, 1995.

[9] 長嶋洋一, 片寄晴弘, 由良泰人, 井口征士 : 画像情報と統合化されたコンピュータ音楽創造環境の構築. 情報処理学会平成7年度前期全国大会講演論文集I, 1995.

[10] Y.Nagashima : Multimedia interactive art: system design and artistic concept of real-time performance with computer graphics and computer music. Proceedings of HCI International, Yokohama, 1995.

[11] Y.Nagashima, Y.Yura, H.Katayose, S.Inokuchi : A Compositional Environment with Intersection and Interaction between Musical Model and Graphical Model --- "Listen to the Graphics, Watch the Music" ---. Proceedings of ICMC, 1995.

[12] 長嶋洋一 :マルチメディア作品におけるカオス理論の応用 . 京都芸術短期大学紀要[瓜生]第18号1995年, 1996.

[13] 長嶋洋一, 片寄晴弘, 藤田泰成, 由良泰人, 井口征士 :マルチメディア・アート開発支援環境における生成系エージェントのための制御構造モデル . 情報処理学会平成8年度前期全国大会講演論文集I, 1996.

[14] 長嶋洋一, 片寄晴弘, 藤田泰成, 由良泰人, 井口征士 : マルチメディア・インタラクティブ・アート開発支援環境と作品制作・パフォーマンスの実例紹介. 情報処理学会研究報告 Vol.96,No.75 (96-MUS-16), 1996.