計測自動制御学会誌記事 1997年4月 長嶋洋一
◆コンピュータ音楽◆ 人類の歴史と音楽の歴史は同じ長さをもつ。音楽は 今世紀最大の技術であるコンピュータと自然に出会い、 コンピュータ音楽 Computer Music という研究領域は、 コンピュータの歴史と同じ長さをもって続いている。 マルチメディアやバーチャルリアリティが話題になる よりもずっと昔から、音楽は本質的にリアルタイム・ マルチメディア・インタラクティブ・アートであり、 着実に研究が進められてきた。この一方で、人間は何 万年たっても同じ太鼓のビートに興奮するのも真実で あり、ハイテクに溺れずに人間そのものを探求する研 究もまた、コンピュータを活用して続けられている。 限られた紙面でコンピュータ音楽の研究領域を紹介 するのは至難の技であり、ここでは最近の研究テーマ を中心とする。なお、あらかじめコンピュータ音楽研 究の関連領域を概観すると、(1)数学・物理学(「音」 の物理的・数学的な記述、音源方式、音響物理学、デ ィジタル信号処理)、(2)医学・生理学(耳から聴覚神経 ・脳内作用まで)、(3)心理学(音響心理学・認知心理学 ・音楽心理学・発達心理学・教育心理学等)、(4)音楽 理論・音楽学・美学・芸術学、(5)認知科学(音楽認知 ・音楽理解・パターン認識)、(6)電子工学・情報科学 ・計算機工学、などがあり、それぞれ多くの研究者が アプローチしているのが特徴である。 コンピュータ音楽はまず「音」を扱う。物理的な音 響信号の分析・合成・信号処理という基本的な技術だ けで画像処理並みの深さがあり、人間の聴覚が関与す る次元になると、たとえばオーケストラから特定のメ ロディーを聞き分けるという簡単な処理すら、コンピ ュータでは満足に実現できていない。楽音を発生する ための「楽器」については、楽音発生の方式とモデリ ング、そして演奏者のニュアンスを忠実・正確に表現 するための各種のセンサ技術が動員されているが、人 類の文化遺産である自然楽器に匹敵する完成度のもの は、50年かかってまだ一つも出ていない。 楽譜に代表される、具体的な音響から抽象化された 音楽情報・演奏情報の段階では、コンピュータが得意 な各種の情報処理パラダイムごとに研究分野が存在す る。AIによるジャズの分析、ニューラルネットによる アドリブの生成、ファジイ推論による和声分析、カオ スによる自動作曲、オブジェクト指向による音楽処理 ソフト、CGとリンクしたハイパーテキスト、等々。こ こでは、それぞれの応用に適した音楽表現のためのデ ータ形式が提案・採用され、オールマイティの表現が 見つからないまま、世界中で数十種類の「標準表記」 の音楽記述フォーマットが存在している。 計測自動制御学会に関連する分野としては、音楽の 主体である「人間」との接点が、広大な未開拓領域を 提供している。人間のニュアンスを適切に入力するた めのセンサ・認識系・ヒューマンインターフェースは、 対象を音楽に絞ればそのまま研究テーマになる。音楽 演奏の音響分析結果から、あるいは手書き楽譜の光学 的認識からの「採譜」は、まだ不十分である。人間と システムの2者、あるいは3者以上の音楽アンサンブル を芸術的に実現するためには、相互のテンポを動的に 認識・補正・主張するモデリングとシステムが必要に なる。そしてこの先には、音楽の創造性の問題が横た わっている。果してコンピュータが自動作曲した作品 は、芸術的作品なのだろうか? 1987年に国内の若手研究者が作ったグループ「音楽 情報科学研究会」は、今年4月に情報処理学会の正式な 研究会となった。IEEEでもコンピュータ音楽に関する Task Forceの活動が始まった。世界中の研究者が先端 の研究を発表するICMC(コンピュータ音楽国際会議)は もう20年も続いており、今年は欧米以外では初めて、 わが日本(早稲田大学)で9月中旬に開催される(問い合 わせ先:icmc93@waseda.ac.jp)。「百読は一聴にしか ず」である。興味ある皆さんの参加をお待ちしている。 参 考 文 献 1) 音楽情報科学研究会編 bit別冊「コンピュータと 音楽」共立出版(1987) 2) 「情報処理」Vol.29,No.6「特集:計算機と音楽」 情報処理学会(1988) 3) 平成4年度文部省科学研究費総合研究調査報告書 「音楽情報処理の技術的基盤」(1993) 4) F.R.Moore ``Elements of Computer Music'' Prentice-Hall, Englewood Cliffs, NJ (1990) 5) 長嶋洋一「ICMC1992報告」, 「bit」共立出版 1993年4月号, pp.35-45
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