電力品質(Power Quality)とノイズ対策技術
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2025年 長嶋 洋一
上の「図解 新しいノイズ対策」は2002年10月に出版しましたが、その後、2010年に出版社の「工業調査会」が倒産して絶版となりました。 本稿は、著者である長嶋洋一が、この本の第4章『「電力品質」の視点と新しいノイズ対策』の部分をそのまま(一部、人名/社名などのみ微修正)、内容を最新の状況に改訂することなく(→これは別途に検討中)、ここに「復刻」するものです。無断転載はご遠慮ください。図解 新しいノイズ対策 --- 地球環境に向き合うノイズ対策の行動指針 長嶋洋一 ●目次 はじめに ノイズの世紀 京都議定書とノイズ対策 1. ノイズトラブルとノイズ対策の再確認 1.1 減らないノイズトラブル 1.2 ノイズの種類 1.3 ノイズトラブルの図式 1.4 ノイズ対策の基本 2. 21世紀型のノイズトラブルの諸相 2.1 ITの進展と高速・低電圧化 2.2 広がる電磁波ノイズ 2.3 省エネとインバータ電源の功罪 2.4 キーワードは「電源」へ 3. 「電源ノイズ」を理解する 3.1 停電 3.2 瞬停 3.3 電源電圧低下 3.4 電源電圧変動 3.5 サージ 3.6 電源高調波 3.7 電源高周波 4. 「電力品質」の視点と新しいノイズ対策 4.1 アメリカの電力品質事情 4.2 サージ/高調波/高周波の問題点 4.3 E.G.Price教授の取り組みと事例紹介 4.4 EP装置の計測実験と考察 4.5 ノイズ対策とコスト低減の両立 5. 21世紀のノイズ対策とは 5.1 「光」によるノイズ対策 5.2 ノイズとフィルタの関係を体験しよう 5.3 ノイズの世紀を生きるために (付録) ノイズ関係の情報リンク4. 「電力品質」の視点と新しいノイズ対策
前章では「電力品質(Power Quality)」という視点から、電源に関するノイズの検討と対策についてまとめてみました。 ところで、ようやく日本では「家庭でも200V電源?」という話題が出てきましたが、220V電源であり電力資源消費大国のアメリカでは、電源 ノイズと電力品質についての問題意識という点でも第一の先進国です。 本章では、アメリカでいろいろと報告されている電源に関するノイズトラブルの新しい動きについて検討し、2003年あたりに日本でも話題となりそうな新しいノイズ対策技術について紹介します。4.1 アメリカの電力品質事情
電源ノイズトラブルの先進国アメリカでは、前章の「停電」のところでも紹介したように、ノイズトラブルを偶然の事故と考えるのではなくて、経済活動に対するマイナス要因として直視し、対策についてのコスト、その効果についてのコストなどを合理的に判断する、という風潮にあります。 IEEEなどの学会でもノイズ対策技術は一つのビジネス可能性の対象として熱心に議論され、「電力品質(Power Quality)」そのものが一つの大きなビジネス領域と考えられています。 日本ではまだまだ、いざトラブルが起きると被害者として大騒ぎするのですが、アメリカのような積極的な段階には至っていないように感じられます。 筆者がちょっと調べてみても、以下のように、的確でまとまったレポートがありました。ここから教訓として何を学ぶか、ということですが、人間がミスやエラーをする、という前提でITのセキュリティ対策を行う、と事と同じ姿勢を筆者は感じました。 これは前向きな合理性とも言えるもので、それまで空気のように当たり前であった電力供給にも、品質とともに異なったコストが生まれてくる、というのは、地球環境の時代には当然のこととも言えます。
- 電気設備の規制緩和と価格分離が、カリフォルニアの電力悲劇(停電騒ぎ)を生み出した
- 電力機器の効率向上に貢献してきた進相コンデンサが、電源波形の歪みの大きな要因である
- 電源関連ノイズ(停電と妨害/誤動作など)は全米で年間に300億ドルの被害規模である(これは全米で消費される電力のたった0.002%から0.004%ほどなのに、である)
- IT産業では、単一の停電によって容易に100万ドル以上の損失を引き起こす事例がある(ニューメキシコのインテル工場が5時間停電した被害 → 多数のCPUチップの廃棄)
- 今後、消費者は電力を単なる価格でなく、電力品質という視点で判断するようになる
- 良質の電力品質(停電しない、波形が綺麗)を提供する電力会社は高い付加価値で成功する
- 「高品質電源装置」ビジネスは、21世紀に成長が期待される大きな市場である
- 対策のためのUPSの市場としては、家庭から企業まで幅広い領域が期待されている
- 電力品質のための対策設備の販売市場は20億ドルを超過し、劇的に増加すると予想される
20世紀のサービスや価値は、必要に応じてコストをかけただけ前向きに享受できるものだったのですが、環境問題でもPLでもセキュリティでも、21世紀のサービスや価値は、デメリットを避けるためのコストを負担しなければならない(コストを省略すれば、とき痛い目に会うというリスクを覚悟しなければならない)、という事なのだと思います。 これをしたたかに新しいビジネスと捕えるところは、さすがアメリカというところでしょう。
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(図 4-1 アメリカの「Power Quality」誌)
4.2 サージ/高調波/高周波の問題点
(1)電源の品質はエネルギー消費量に関わる
さて、それではいよいよ核心に迫っていきましょう。 ノイズトラブルというのはシステムの誤動作だ、という狭い視点を捨て、「電源品質」という視点からノイズトラブルを眺めてみると、サージ/高調波/高周波ノイズの問題点として、エネルギー効率の問題点、具体的には「コスト」という定量的な課題が浮上してきたのです。 ここではもう一度、電源というシステムを、「エネルギー」という視点から再確認することが必要です。
ここで登場するキーワードは「表皮効果」「コア損失」「エネルギーロス」の3つです。
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(図 4-2 ノイズで汚染された電源の例[グラフA])
まずは、具体的なデータを見ることで状況を理解しましょう。 上の図は、アメリカのオレゴン州にあるペプシコーラ社・ポートランド工場プラントの480V電源ラインで2000年11月に計測した実際の電源の状況です。 上段は時間とともに変化する電圧のグラフで、全体としてはもちろんサイン波ですが、ちらちらと細かいノイズが乗っているのが判ります。 大電力ラインですので、このサイン波形が大きく歪むなどということはなくて、このちょっとしたチラチラ、というのが一般的な電源の汚さ、ということになります。 そして下段のグラフは「周波数スペクトル」を同時に計測したもので、もっとも左端の部分で振り切れているのが、電源の60Hzの成分です。
グラフには他にもあちこちに細いピークが見えますが、これは理想的電源では全てゼロであるべきもので、それぞれの周波数成分を持つ何らかの電源高周波ノイズ、ということになります。 60Hzの倍数であれば高調波とも言えるのですが、グラフ中央付近で70KHzほど、という相当に高い周波数の領域ですので、これは「非常に高次の高調波」というよりも「電源高周波」ノイズ、と言えます。(これを「グラフA」と呼ぶことにします)
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(図 4-3 ノイズを除去した電源の例[グラフB])
そしてもう一つのグラフ(上)を一緒に比較しましょう。 実はこれは、後述するEP社のノイズ対策装置をつないだ、という以外はまったく同じ条件で計測したデータです。 電源波形はかなり綺麗なサイン波となり、周波数スペクトルについても、10KHz以下にごくわずかの成分が残っているだけで、ほとんど完璧にノイズ抑止されていることが判ります。
筆者の経験でも、このように大電力領域での電源ノイズでこれだけ画期的な効果を見たのは初めてでした。 本音を言えば、第一印象としては、これは出来過ぎのデータだなぁ、まさかヤラセじゃないよなぁ、という感想でした。 信号ラインに乗ったノイズでこのようにノイズ除去して改善するのは、コストをかけてバリスタとかフェライトなどのEMI対策部品を投入すれば容易なのですが、電力領域ではそんなEMI対策部品もあまり見当たらず、これは本当に凄いことなのです。(これを「グラフB」と呼ぶ ことにします)電子機器・装置に対して、誤動作とかリセットを引き起こすような電源のノイズ、というのは、ここでの検討の主対象ではありません。 実際にはグラフAのような現場では、たまに装置が誤動作する、といったノイズトラブルも起きるのですが、最近の機器のノイズ耐性(イミュニティ)は各種規格などで強化されているので、グラフAのような電源の状況でも、それでいて「誤動作などのノイズトラブルは報告されない」 というところは数多くありえます。 実はこれは、ほとんど全ての家庭、オフィス、企業、などということになるわけです。 つまり、誤動作やシステム停止といった古典的なノイズトラブルには幸いにも遭遇していない、しかし電源を見てみるとグラフAのようにかなりノイズに汚染されている、電源品質が悪い、ということです。
それでは、誤動作やストップという被害がないのに何が問題か、というと、実は「グラフAのような汚れた電源は、多くのエネルギーを無駄に消費している」という重大なデメリットがあるのです。 そして「電力品質(Power Quality)」の視点から、 あるいは地球環境対策の視点から、21世紀にはこれも一つのノイズトラブルとして 重視していく必要があるという認識こそ、本書で筆者が提起したいことです。
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(図 4-5 ノイズを除去した電源の例[グラフB])
京都議定書、そして全地球的に省エネを推進しなければならないこの重要な時期に、グラフAのような電源環境である大部分の家庭、オフィス、企業では、貴重な電力資源を、せっせと無駄な熱エネルギーとして消費し、地球温暖化に貢献してしまっている、という事なのです。 これを「トラブル」と呼ぶことは間違っていないでしょう。
(2)高周波ノイズがエネルギーロスを生む
本来は50Hzないし60Hzの理想的な交流電力だけが伝わるはずの電源ラインに、グラフAのような高周波ノイズが乗ることで、どうして無駄な熱エネルギー消費が発生するのか、という理由についてここで説明します。 キーワードの第一、「表皮効果」という電気的現象があります。 これは図4-5のように、導線を流れる信号の周波数 が高くなればなるほど、その表面に電流が集中する現象(skin effect)のことです。 表皮効果は金属の種類によって異なりますが、例えば銅線の場合には、周波数が100KHzの場合に電流の流れる深さは約210ミクロン(0.21mm)、周波数が5KHzの場合には約930ミクロン(0.93mm)ということになり、グラフAの下段にある大部分のノイズ成分は、全て銅線の表面付近だけを流れることが判ります。
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(図 4-5 表皮効果)
ところが、このようなミクロンのオーダで言えば、一般的に電線の表面というのは、「曲げ」「被覆材の加工」「配線の機械的圧力」などにより、色々に変形しています。 拡大すればデコボコであり、例えば「曲げ」によって部分的に凹んだ、というのは、表皮効果により電流が流れる限られたその部分の断面積が減少して、部分的に大きな抵抗となっている、というような状況です。
これは現象としては「電流損失」という、発熱によるエネルギーロスとして効いてくることになりますから、グラフBに比べて汚れた(高周波ノイズの乗った)グラフAの電源系統は、いたるところで電線の表面付近の発熱を伴っています。 このエネルギーは気付かずに消費者の側が文字通りに消費して、何にも有効に使われないこの電力コストまでが、電力会社から請求されるのです。 家庭などの小電力ならともかく、この工場など大きなところでは、金額換算すると膨大なロスになります。 事実、このペプシコーラ工場ではテスト実験期間が終わると、高価なこのノイズ対策装置をわざわざ購入して常設することになりました。 その理由は、グラフBの状態の綺麗な電源となったことで、毎月の電力消費量(=電力経費)が大幅に削減できたために、誤動作とかの見えにくいリスクよりも自信をもって、ノイズ対策装置を導入した、ということです。
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(図 4-6 ヒステリシス特性とコア損失の例)
そしてもう一つ、電源系統に欠かせない多くのトランス類に共通の電気的性質として、「コア損失」があります。 空芯のコイルを使用する無線装置などは別ですが、電源関係のコイルの場合には、エネルギー効率よく電磁誘導により電力伝達するため に、「鉄芯」あるいは「コア」と呼ばれる磁性体を使っています。 そして、磁性体に加わる電界と発生する磁界の動きには「ヒステリシスループ」と呼ばれる特性があるために、この電磁界の変化のスピード、つまり周波数が高くなるほど、コアを持つコイルでは電力損失が起きます。 これもまた、基本的には熱エネルギーとして無駄に消費されるわけで、日常的に使っているACアダプタなどが暖かくなるのも、その熱の大部分はトランスから、この「コア損失」によって発生しているものです。 ここで、電源の本来の周波数(50Hz/60Hz)と、電源高周波ノイズの数10KHzという帯域を頭に置いて右側のグラフを見てみると、高い周波数帯域でのコア損失は相当なものになることが判ります。
最近のノイズトラブルで電源高調波/電源高周波ノイズが原因となった事例の中には、「他の機器からの電源ノイズにより、電源回路のトランス部分から発火した」というものがありました。 通常の50Hz/60Hzでは安全な範囲の発熱として設計されていても、そこに高周波ノイズによる想定外の大きなコア損失による発熱が起き、さらに上述の「表皮効果」によって、それが銅線の全体でなく表面に限定されることで、絶縁皮膜が疲労劣化して破損し、最後にショートしたのでは、と鑑定された事故の事例もあります。
このように、通常の信号ラインに乗るノイズや電磁波ノイズと違って、電源関係のノイズは電力そのものが関係するために、トラブルとしては発火や焼損などと影響が大きいものです。 また、地球環境などと大袈裟に言わなくても、無駄に熱エネルギーとして消費されている「エネルギーロス」は、場合によっては単純に経済的要因として大きなデメリットとなることにもなります。 これが、21世紀の新しいノイズトラブルの一種として注目したいところなのです。4.3 E.G.Price教授の取り組みと事例紹介
(1)ユニークなノイズ対策製品
前項で、ペプシコーラ工場での具体的なデータとしてグラフを紹介しましたが、このデータは、米国のEP(Environmental Potentials)社から許諾のもと提供された資料です。 もちろんEP社が自前で計測したのではなく、専門の計測会社Electrical Systems Analysis社が中立的に計測・報告・公開したもので、その内容は正しいものと思われます。 このEP社というベンチャーは、2000年7月の時点では、まだ「EP2000」「EP2500」という、電力規模の異なるたった2種類の製品しか持っていない企業です。
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(図 4-7 EP2000によるノイズ抑止データ)
図4-7は前項のグラフAとグラフBの一部を拡大して上下に並べたものですが、この上段の状態の電源のところに「EP2000を並列に取り付けただけ」で下段になった、ということです。
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(図 4-8 Waveform Correction Absorber EP2000)
このEP2000(図4-8)は、「Waveform Correction Absorber」というものです。 直訳すると「波形修正吸収器」ということで、別にノイズ対策の特効薬、とかの怪しい表現ではない、地味な製品名です。 しかし、筆者の知る限りでは、これはかなりユニークなノイズ対策製品であり、本書で検討している21世紀型のノイズ対策への大きな貢献を期待できると考えられます。 この製品の使い方は簡単で、
というだけです。 EP2000の中立接地によるノイズ対策の理論も技術的にはユニークなのですが、電力工学(交流理論)の説明がやや専門的となるので、本書ではこの部分は省略します。 それでも、EP2000のユニークな効果を十分に紹介できるからです。
- AC電源ラインに並列に取り付ける
- 電源ラインに中立接地(neutral ground)があればそこにも接続する
- 受動装置である(動作のための電源は不要)
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(図 4-9 Waveform Correction Absorber EP2000)
EP2000の働きを示した図4-9を見ると、EP2000を「Wave Form Tracking Filter」とも書いています。 電源のサイン波形に追従してその電力を通過させつつ、そのラインに乗っているノイズ成分、つまり瞬間的な高い電圧(サージ)とか、その変化に伴う瞬間的な電圧降下(これは一般的にペアとして発生します)、あるいは高い周波数成分の連続的なノイズを一種のフィルタとしてカットする、ということです(後述)。
「トラッキング」というのは、動的に追従する、という意味で、EP2000の働きの説明としてはこの方が分かりやすいかもしれません。 これにより、EP2000は電源ノイズのうち、AC周波数(50Hz/60Hz)よりもかなり高い周波数成分に対しての対策装置であることがわかります。 つまり、電源ノイズのうちについては対象外ということで、EP2000はこれらには効きません。 まぁ、たった一つで電源ノイズの万病に効く、などという対策は存在しませんので、これはそういうものだ、というだけの事です。
- 停電
- 瞬停
- 電圧低下(コンマ秒程度以上のゆっくりしたもの)
- 周期的電圧変動(フリッカ : 数Hz程度以下のゆっくりとした変化)
- 低次の電源高調波(3次、5次、7次、9次など)
(2)EP2000の効果
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(図 4-10 EP2000のフィルタ特性図)
EP2000のフィルタとしての特性(図4-10)を見ると、7KHzをブレークポイント(フィルタ特性のスタートする部分)とした典型的なローパスフィルタで、70KHzでマイナス20デシベル、つまり100分の1にまで電圧レベルを抑止する、という特性になっています。 前述のように高次電源高調波ノイズや高周波ノイズはこの帯域に現れますから、グラフAのノイズがこのフィルタによってグラフBとなった、というのは妥当な計測データであることが判ります。
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(図 4-11 EP2000のインパルス対応特性)
また、連続的な高周波ノイズだけでなく、EP2000は図4-11のようなインパルス的なサージノイズについても、かなりの効果を持っています。 図では、P1とP2の波形は、一般の「サージノイズ対策装置」を使った場合の電圧波形です。電圧を見てみると、これでもだいぶサージは抑制されているのですが、EPという波形が驚くほどサージを抑止しているのが印象的です。
このEP2000については、電源を使わない受動装置というだけで、内部の詳細は公開されていません。 少なくとも、一般に出回っている電子部品を「回路」として組み合わせただけでは、このようなノイズ抑止特性を電力ラインで実現するのは不可能です。 筆者の見解としては、化学的に新しく合成された新素材、あるいはそれを物理的に構成接続する新しい手法、といったノウハウが新規技術として開発された、と推量しています。 実は、EP(Environmental Potentials)社の研究開発担当役員はユタ州Weber State大学の電子工学/情報通信分野の専門家であるE.G.Price教授なのですが、Price教授はもともと通信工学やエネルギー管理や電源品質の研究実績を持つ研究者なのです。
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(図 4-13 EP社のEdward.G.Price教授)
EP社の公式資料によると、Price教授はかつてNASAや米軍関係でいくつもの高周波領域の技術に関する秘密プロジェクトに参加し、ユタ大学に移ってもロケット関連の研究をしたようです。 そして現在、「通信関係、照明関連の電源管理関係、ナノ結晶テクノロジーを活用した電源品質関係」などの特許を出願中、とありました。 筆者が何か新しい物質を使わないと出来ない、と感じたのは、たぶんこのあたりの事のように思えます。
EP2000はこのように技術的な詳細を完全には公開していないため、装置としての外形全体が秘密保持のために特殊な削り出し金属で出来ていて、分解解析ができない構造となっています。 画期的なノイズ対策効果があるとすれば、既存の大手電気メーカなどに勝手に解析・模造されてはベンチャー企業としては困るでしょうから、ある意味でこれは当然のことです。本書は、EP2000など特定の製品を宣伝するために書いているわけではありませんが、筆者はEP社の姿勢に、技術者の一人として好感を持ちました。 「21世紀の企業というのは単なる儲け主義だけでは存在できない」という意見は多くのアナリストが指摘するところですが、まさにEP社の目指す「電源品質を高めて、ノイズトラブルを避けつつ、無駄なエネルギー浪費も抑えて経済的効果を高める」というのは、21世紀にアピールする正道であると思います。 筆者はEP2000を実際にテストする機会を得ましたが(後述)、この関係でEP社の社長と話をする機会がありました。 いずれPrice教授ともお会いできるかもしれません。 その時には機会をみてまた報告したいと思います。
4.4 EP装置の計測実験と考察
(1)ノイズ対策とトータルな省エネを同時に実現
前項で紹介したペプシコーラ工場での計測データだけでなく、EP社が公式に公開しているデータとして、EP2000と一般的な電力系統向けのサージ対策装置とを比較した資料があります。 ここではまず、その一部を見てみることにします。 これも、専門の計測会社Electrical Systems Analysis社が報告している公開情報なので、基本的にはそのデータを信じつつ、科学的に検討していきましょう。
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(図 4-14 印加サージノイズ波形)
図4-14は、サージノイズ実験のために用いた印加信号波形で、専用のノイズシミュレータ装置によって、正確にこの波形と電圧を生成します。 ここでは、ゼロから5500V程度まで1マイクロ秒(100万分の1秒)程度で高速に立ち上がり、次にマイナス4000Vあたりまで5マイクロ秒かけて反動でダウンし、さらに図のようにバウンドしてゼロに収まる、というもので、自然界ではトータルエネルギーが平均化されてほぼゼロになるため、これは実際によく出現するサージノイズ波形となっています。
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(図 4-15 サージノイズに対する反応)
図4-15はこのサージノイズ実験波形に、3種類のサージ対策装置をそれぞれ接続した時の電圧波形です。 図で「CH」とあるのが、アメリカで一般的に普及している「Premium 1」というサージ対策器を入れたもので、電圧は無負荷(何も接続しない)の時の5500Vのピークが1400Vほどに抑えられています。 「PHY」とあるのは、同じく普及している「Premium 2」というサージ対策器を入れたもので、電圧のピークはほとんど同じですが、瞬間的ノイズのバウンドする2回目にも、かなり大きな振動をしているのが判ります。 これは「Premium 1」よりも安価な装置なのですが、1回目のサージを吸収することで瞬間的に飽和してしまい、2回目の振動の部分は、無負荷の印加入力の1200Vほどのピークがそのまま「通過」してしまっているのが判ります。
一般的なノイズ対策部品が寿命などで性能劣化した場合とも似た現象で、部品を取り付けていても、このように飽和して素通しになったり、劣化して効かなくなる、という現象も考慮する必要性を示しています。そして「EP」というのがEP2000を入れた場合の様子で、もちろんピーク電圧が350V程度と非常に抑止されているのですが、もう一つ注目する点があります。 それは、最初の電圧が急速に上昇する部分で、一般のノイズ対策部品は、電圧の上昇が無負荷と同じ傾向で急激に増加しているのですが、EP2000は何故か、「やんわりと」上昇している、という点です。 これが、最初に筆者が「何か新しい物質を使わないと出来ない?」と感じたところで、従来の受動的な電子部品でこのような振る舞いをするものを知りません。 EP社の社長にもこの点を質問したのですが、企業秘密ということ? でなんとなく曖昧に回答されたところでは、EP2000の内部の動作原理としては、
というような不思議な説明でした。 ある部分はバリスタ、ある部分はフェライトのような性質のようにも思いますが、これまでの単なる部品でないのは確かです。
- 瞬間的で急激な電圧変化をまず検知する
- このエネルギーをインダクタンス(コイル)的成分により遅延させて受け取る
- そのエネルギーをキャパシタ(コンデンサ)的成分により一時的に貯える
- 逆向きの電圧変化が続いた場合にはこのエネルギーを戻してキャンセルする
- 差し引きで余ったエネルギーを複数の共振成分に分割して引渡す
- その各エネルギーが内部的なインピーダンス(抵抗)的成分により熱となる
このような動作を、複数の回路要素に分割して設計することは原理的に可能ですが、それは電源を消費する「能動回路」であり、その動作自体がまたエネルギーを消費してしまいます。 EP2000のように、電源不要の受動素子としてこのように振る舞うというのは、Price教授が特許出願中という「ナノ結晶テクノロジー」というキーワードでもないと説明がつきませんし、少なくとも国内の電気メーカーなどでこのような物質を開発したところはありません。 まさにユニークな技術です。
そして、急激な変化をゆるやかに受け止める、さらにバウンドするサージ的成分をそれぞれカットするだけでなく内部的に「戻して」キャンセルする、という事が重要です。 瞬間的に高電圧でバウンドするノイズを、プラス側とマイナス側でそれぞれカットしてGNDに捨てる、ということであれば、つまりそれは熱エネルギーとして消費されることになり、部品は相当に発熱します。 上記データで言えば、「Premium 2」という対策装置は1回目のサージをカットする時の発熱エネルギーによって、GNDにバイパスする抵抗が大きくなって2回目のサージをカットできなくなった、と考えることもできるわけです。 これは、EP2000を使ったことで、ペプシコーラ工場の消費電力がはっきりと削減された、という事実とも対応しています。
EP2000というのは、電源ラインに乗った不要なノイズ成分を全て熱として吸収し捨てるのでなく、エネルギーを電源ラインに戻しつつ電源波形を綺麗にする、というのが「Waveform Correction Absorber」の奥深い意味だったようです。 ノイズ対策とトータルの省エネを同時に実現する、というEP社の目標そのものです。(2)EP2000の原理と回路
ここで、EP社による「EP2000の原理と回路」も紹介しましょう。 それによると、EP-2000の基本回路には酸化金属バリスタ(Metal Oxide Varistor)が使われています。 ただ、このバリスタは通常のサージアブゾーバ(それ自体がサージを受けて吸収)と違い、スイッチとしてのみ使われています。 EPはこのバリスタの回路に、特許出願中の「ナノクリスタル」という特殊な素材を使った部品も加えています。 それ以外のコンデンサや抵抗は従来の部品だそうですが、その組み合わせている「回路」の部分にもノウハウがあるようです。 この回路は、「電気系統内でもっとも抵抗が低い要素となり、電気に含まれているサージや基本商用周波数以外のノイズをEPの方向に引き込む役目を果たすだけでなく、それらを中性ラインに逃がさず、EPの本体の中で熱に変えてしまう(吸収効果によるEP内部の温度上昇は 約5度C)働き」を持っている、とのことです。 やはり筆者の読みはある程度は当たっていたようです。この説明の通りに動作するものであれば、まさに「波形修正吸収装置」です。
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(図 4-16 ファスト・トランジェント実験ノイズ波形)
さて、引き続きもう一つのデータを見てみましょう。 図4-16は、ノイズ対策規格の中で「ファスト・トランジェント波形」と定義されている典型的なノイズです。 これは前の例のようにバウンドしないもので、短期間ですがトータルの電力は打ち消し合わずにピーク電圧として2000V付近まで加わる、という過酷なタイプのノイズです。 そして、このノイズ波形に対する前記と同じ3種類のノイズ対策装置をそれぞれ入れた反応のグラフ(図4-17)を見ると、ここにも興味ある結果が出ています。
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(図 4-17 ファスト・トランジェントノイズに対する反応)
まず、3つの対策装置のピーク電圧は、ほとんど同じレベルになっています。 そして波形の全体の外形もほぼ同じということで、バウンドしてプラスマイナスの差し引きがかなり小さい前のサージの例と違って、全体としてプラスになりキャンセルできない場合には、EP2000もあまり画期的には目立たないようにも見えます。しかしよく図を見てみると、
という特徴が目立っています。 特に(2)というのは不思議な現象で、単調に低下している入力電圧に対して、何故かいったん急速に下降してから一瞬だけ上昇に転じて、 その後にまた滑らかに減少する、という振る舞いを見せています。 これも、上記の「EP2000の動作原理」のプロセスに関係するようにも思えますが、いずれにしてもPrice教授の発明の結果ということでしょう。
- 最初の立ち上がり方が、EPだけはゆっくりと上昇している
- その後の減少の過程で、EPだけは入力波形にない振動パターンがある
(3)筆者による確認実験
このように、EP2000はとても不思議な、これまで無かったタイプのノイズ対策装置です。筆者はEP社に依頼してEP2000を実際に借りて、自分の目でもこの現象を確認してみることにしました。 以下、その様子を紹介しますので、読者の皆さんも筆者とともに追体験してみて下さい。
EP社の提供している資料では、業務用の480V系統とか、4000Vなどという強烈なノイズ実験でしたが、このような強烈な実験は専用の施設でないと行えません。 筆者の研究室には多数のパソコンがあり、高電圧の実験のために壊れた、というのでは困ります。 そこで電源は通常のコンセントの100Vとして、ノイズも100数十ボルト、というあまり危険でない領域としました。
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(図 4-18 ノイズ源とした低周波マッサージ器[OMRON])
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(図 4-19 低周波マッサージ器のプラス側ノイズ出力)
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(図 4-20 低周波マッサージ器のマイナス側ノイズ出力)
まず用意したのは、図4-18のような市販の低周波マッサージ器です。 これを、ちょっと筆者には耐えられない最強の「5」にしてみると、図4-19、図4-20のようにプラス側、マイナス側それぞれに160Vほど(グラフの数字を10倍すると実際の電圧)のパルスが周期的に出ています。 これは幅1ミリ秒ほどで急激に上昇し下降する「方形波」ですので、右側の周波数スペクトルグラフのように、ここでは数KHzほどまでの帯域ですが(計測器の能力によりここまでしか見えません)、多くの高周波ノイズ成分を持っています。
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(図 4-21 筆者の実験用ジャンク箱)
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(図 4-22 筆者の実験室でのEP2000)
これを、図4-21のような筆者の実験用ジャンク箱から数百ボルトの耐圧のコンデンサによって、コンセントからのACラインに接続しました。 そして図4-23のように、ここにEP2000を単純に並列に接続しました。 EP2000はちょっと大きめのトランス、といった風情のスマートな、そしてずっしりと重い製品でした。 これを、今回は低周波マッサージ器のノイズの負荷として接続して、そのアブソーバとしての能力を見てやろう、という事です。
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(図 4-23 EP2000での実験の全景)
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(図 4-24 EP2000を取り付けたプラス側ノイズ)
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(図 4-25 EP2000を取り付けたマイナス側ノイズ)
図4-23は、このEP2000を取り付けた実験の全景です。 EP2000の両端からは10分の1のアッテネータの入ったプローブを経て、パソコンに接続する200MHzオシロスコープ(スペクトルアナライザ)で実験データを取りました。
その結果、図4-24、図4-25のように、プラス側、マイナス側ともに、ノイズパルスは目に見えて抑止され、スペクトルグラフでも、周波数が上がるとともに何も取り付けない状態とは明確に異なり、そのローパスフィルタとしての効果が検証できました。
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(図 4-26 「サージアブソーバ」[14K220]に変更)
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(図 4-27 サージアブソーバを取り付けたプラス側ノイズ)
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(図 4-28 サージアブソーバを取り付けたマイナス側ノイズ)
さて、筆者の手元には、「サージアブソーバZNR 14K220」という、これまでサージに対して定番とされてきたノイズ対策部品もありました。 そこで図4-26のように、そのままEP2000をこの「ZNR 14K220」に置き換えて、同様にデータを計測してみました。
結果は図4-27、図4-28のように、プラス側、マイナス側ともに、ノイズパルスは目に見えて抑止されました。 また、スペクトルグラフでも、何も取り付けない時に比べて、特に高域でカットされているのが判りました。 価格が1000倍ほど違うので単純比較はできないのですが、当然ながらこの単純な実験でも、EP2000の性能が上回っています。 サージアブソーバの場合にはもともと対象外ですので当然ですが、1KHzあたりの帯域、つまり電源高調波の領域についてはほとんど効果がないのですが、EP2000はそこまでカバーしている、という事を筆者も実感できたわけです。また、3種類、6枚の実験結果グラフをよく比べてみると、元々のサージパルス波形は非常に狭い時間に瞬間的に与えているのですが、EP2000の場合には、電圧が抑えられるだけでなく、波形の立ち上がりがゆっくりとなり、さらに立ち下がり部分は非常にスローペースに「平滑」されていることも判りました。 ある種のコンデンサ的な成分が作用しいるものと思われます。
4.5 ノイズ対策とコスト低減の両立
さて、もう一度、EP2000について実験・計測したElectrical Systems Analysis社が報告したレポートの3つのグラフを検討して、まとめることにしましょう。 今度は、電源高周波ノイズに対するフィルタとしての機能の検証ということになります。
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(図 4-29 「Premium 1」の特性スペクトルグラフ)
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(図 4-30 「Premium 2」の特性スペクトルグラフ)
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(図 4-31 EP2000の特性スペクトルグラフ)
実験は上記の筆者の実験とも似ていますが、もっと本格的なものです。 前述の一般的なサージ対策装置「Premium 1」「Premium 2」とEP2000の3種類について、同一の条件で計測しています。 ノイズ源としては、1KHzから90KHzまでの周波数帯域にまんべんなく同一の周波数成分を持つ、という一種のホワイトノイズのような雑音源信号を、専用のノイズシミュレータ装置で生成して与えています。
そして、3つのグラフの上段はいずれも同じ(「接続していない」ということ)ですので、違いとしてはそれぞれの下段を比べます。まず最初に「Premium 2」を見てみると、上段と下段がほとんど変わりません。 これは、もともと瞬間的なサージ高電圧だけをカットする、というサージアブソーバと同等の機能だけを持っている廉価版のノイズ対策装置なので当然なのですが、ローパスフィルタとしての機能はまったく持っていない、ということです。
そして、サージ対策装置「Premium 1」では、高電圧のサージを抑止するのと合わせて、高周波ノイズに対する対策機能として、多少のフィルタ機能も内蔵しているようです。 ただしその特性というのは、50KHz付近から80KHzあたりまで、ごくわずかにローパスフィルタとしての傾きがあるかな、という程度で、この副作用として、10KHzから50KHzあたりの帯域では、逆に周波数が高くなるとレベルもわずかに増える、という特性になっています。 高域のノイズ成分をGNDにバイパスするためのローパスフィルタとして普通のコンデンサを単純に使った場合、そのリード線のインダクタ(コイル)的要素が逆にハイパスフィルタのようになる事がある、というような状況に関係しているかもしれません。EP2000の場合にはグラフがはっきりと違っています。 フィルタ特性としては、数KHzまでいったんローパスフィルタ特性になり、そこから20KHz付近までは逆に周波数とともにノイズレベルがわずかに上昇する、という「暴れた」特性となっています。 そして25KHzあたりの「電源高周波」あるいは「高次高調波」の帯域では、見事にローパスフィルタとしての特性を示しています。
何度も書きましたが、信号ラインであればこれは普通のフィルタというだけなのですが、電力ラインとして大きな電流が流れるところに単に並列に入れるだけでこのような特性を持つ、というのは非常にユニークな存在と言えると思います。 この、EP2000で大幅に抑制されている高周波帯域というのは、前述のように、電力ラインとしては、表皮効果やコア損失によって、無駄な熱としてもっとも消費される領域であり、その発熱が現実に部品の劣化や破損の原因というトラブルとしても増えている領域なわけです。筆者がEP社からインタビューした情報によると、既に日本国内でも、店舗などの月間消費電力を大幅に低減させた事例だけでなく、
などの、古典的なノイズトラブル対策の実績も既にあるようです。 そして、EP社の名前の由来である「環境のポテンシャル」というのは、単にノイズトラブルを防止する、という「守り」のノイズ対策だけではなく、経済的に積極的な「攻め」のノイズ対策を意味するものでもある、という部分に注目したいと思います。 限られた地球の資源を用いて生産される貴重な電力エネルギーをなるだけ無駄に消費しない、というEP社の技術の特徴は、現在はまだ詳しくここに書くことはできないのですが、今後の展開として、
- EP2000によって、たまに医療機器が誤動作していた病院でのトラブルが消えた
- EP2000を試験的に取り付けたところ、多数のチケット販売機の並んだある事業所でまれに起きていたシステム停止のトラブルが起きなくなった
というような方向性があるようです。
- EPの技術を利用した照明機器の電源システムにより、照明器具の寿命を劇的に延ばす
- 電源システムに使われる部品の故障/劣化を激減させ、部品の寿命を延ばす
そして、国内のある大手電気メーカーと業務提携をして(秘密保持契約からスタート)、大電力消費者である企業や事業所だけでなく、一般家庭をターゲットとした、「小型・小電力・安価なEP」の実現に向けてスタートしているような印象を受けました。
もしかすると、本書が出版される頃、あるいは2003年になると、このEP装置が広く普及して、日本中の電力品質が良好になっているかもしれません。 そうなれば、多くの潜在的なノイズトラブルを防止したり、さらに省エネによって地球環境対策も進展しているかもしれません。 現在のところはまだ家庭に入るコストではないのですが、ノイズ対策と経済的効果と省エネ効果を同時に手に入れられる可能性に注目したいと思います。