音律というのは、音楽の世界に12音平均律が登場してくるまでの長い期間、音楽の姿 に合わせて、数多くの音楽家によって研究・実践されてきた、音程の配置に関する音楽 上の文化資産です。これは、音楽の基本である「音」の、もっとも原理的な特性に関係 したもので、あるレベル以上の音楽を志向する音楽愛好家にとっては、避けて通れない 重要な問題です(この世界を知った人のなかには、「平均律の音楽など、濁っていてと ても聴けない」という人がたくさんいます)。ここでは、「音」の原理の確認から始め て、「音律」というものについて考えてみることにしましょう。 ◇音の3要素  まず、音楽の基本である「音」について考えます。物理の教科書に出て来るように、 「音の3要素」というものがあります。これは、   ピッチ(音高)   音量(ラウドネス)   音色 というものです。 ◇ピッチ  ピッチ(音高)というのは、物理的には「周波数」「振動数」などと言います。一定 時間あたり、何回の周期的変化があるか、というもので、波形の「周期」という物理量 は、この逆数(反比例)になります。たとえば440Hz(ヘルツ)というのは、基本 となる波形が1秒間に440回振動しているということです。人間の聴覚は、数十ヘルツ から1万5000ヘルツ近くまで聞こえる、と言われています。 ◇音量  音量(ラウドネス)というのは、音の波形の振幅にあたります。感覚的に明かなよう に、振幅の大きな音は「大きい」と感じます。実際には、人間の聴覚の音量感覚という のは、そのピッチとか、次の音色によっても大きく影響されます。音量の単位としては 「デシベル」という用語があります。 ◇音色  音色というのは、文字通り、その「音」の色合いのことです。物理的には、基本的な 振動波形の形状に関係しています。また、基本波、2倍音、3倍音...というように 倍音が積み重なったと考えることもでき(これをフーリエ分析といいます)、この場合 には、多くの倍音を豊富に持っている音ほど、きらびやかな音色である、などと表現さ れます。 ◇音の協和  音楽というのは、つねに一人が歌っているだけというような、「ユニゾン」とは限り ません。たいていの音楽では2つ以上の音が鳴っています。また、ヨーロッパの「グレ ゴリオ聖歌」というユニゾン音楽の場合でも、教会の聖堂内部の豊富な残響によって、 ユニゾンの音楽が立派にハモっていきます。このように音楽に2つ以上の「音」が登場 すると、その間の「協和」感覚、という重要な問題が起きてきます。  さて、そこでもっとも簡単な問題として、「2つの音の協和度」ということを考えて みましょう。まず、2つの音がもっとも協和するのは、「ユニゾン」です。これは、2つ の音の倍音構成がどのようであっても、基本的に衝突することがないためです。  そしてその次に協和するのは、「オクターブ」の関係です。これは、一方のピッチが もう一方の2倍になっている関係です。この場合、低い方の音の基本波以外については それぞれの倍音同志が重なっているのです。  そして、いよいよ次が重要になります。その次は、1:1、1:2ときましたから、 1:3という関係になります。これが、音楽の音程のもっとも基本となる「完全5度」 という音程(1:3の場合には、完全5度+オクターブ。いわゆる完全5度の振動数比 は、2:3)です。この次の1:4というのは2オクターブとなります。 ◇「オクターブ」の意義  さて、ここで重要となるのが、「オクターブ関係の2つの音を同じと感じる」という 音響心理学・音楽心理学上の事実です。つまり、人間の耳は、たとえば100ヘルツの音 と120ヘルツの音との距離よりも、100ヘルツの音と200ヘルツの音の方が、ずっと近い ように感じる、という特性なのです。さらに高いピッチでいえば、1000ヘルツの音と、 2000ヘルツの音とでは、その間に1000ヘルツもの隔たりがあるというのに、人間の感覚 はこれらを「同じ音程」と感じるのです。  この原則から、ギリシャ時代以来の音楽理論が構築されてきました(実際にはエジプ ト文明の遺跡からも、人類がこの事実を知っていたとされています)。つまり、音楽の ピッチの枠組みとしては、「オクターブ」単位で考えればよい、というものです。この 原則から、日常的によく知られているように、「オクターブ+3度の音程は、音楽的に は3度の音程と同じ」といったような、「音程はオクターブ単位で上下してもよい」と いう規則がでてきます。つまり、人間の広範な聴覚帯域を相手にするのでなくて、振動 数比で1:2の範囲の「オクターブ」の中の世界が対象となるのです。 ◇「完全5度」の意義  そこで、もう一度「2つの音の協和度」の問題に戻ってみましょう。協和度の上位メ ンバーのうち、「ユニゾン」と「オクターブ」は、もうここでは除外されました。する と、この次に来るのが、振動数比が2:3という、「完全5度」の音程です。  つまり、完全5度(たとえば、ドの音とソの音)というのは、「違った2音」という 範囲(ユニゾンやオクターブのように、一致してしまう音以外の全ての音程)の中で、 もっとも協和度の高い、基本的な音程ということができます。  そして、完全5度を基本単位として組み合わせてみると、何が起きるかを考えてみま しょう。5線譜上に、なにか基準の音程(ここではC)をとって、そこから完全5度ず つ上昇させていきます。途中で、オクターブ関係の音は「同じ」として下げることで見 やすくしていますが、なんと12回の上昇で、いわゆる「12音階」が生成されてしまいま す。  これは、どの音程を基準にしてもできますし、また完全5度ずつ下降させていっても 同様になります。これを図にまとめると、有名な「五度円」ができます。このように、 完全5度という音程は、現在ではまったく普通と思われている12音階(キーボードの黒 鍵と白鍵)を自動的に構成してしまう、重要な音程だったのです。 ◇音程の単位:「半音」とは  さて、基本となる「完全5度」だけを使って、1オクターブが12個の音程に分割され ました。いわゆる「12等分平均律」の場合、これらは「半音」という名前で、すべて等 間隔である、とされています。ところで、1オクターブの振動数比は1:2ですから、 この「半音」の振動数比は、かなり細かい半端な数字になりそうです。これを以下のよ うに計算してみましょう。  「半音」の振動数比をXとして、あるピッチ:Aの半音上のピッチは、     A*X となります。さらにこの半音上の音、つまり「全音」上の音のピッチは、              2     A*X*X=A*X となります。さらにこの半音上の音、つまり「短3度」上の音のピッチは、                3     A*X*X*X=A*X となります。振動数比というのは、「比」ですから、足し算ではなくてかけ算となるわ けです。そして、この調子でピッチAの1オクターブ上の音というのは、                    12     A*X*X*・・・*X=A*X ということになります。半音を12個重ねると、オクターブに戻るわけです。ところで、 1オクターブ上の音というのは、     A*2 というピッチですから、これで等式ができました。        12     A*X =A*2        1/12                 ∴ X=2  つまり、「半音」の振動数比というのは、「2の12乗根」ということになります。 これは、電卓で計算すると、およそ     X=1.059463094.... となります。 ◇音程の単位:「セント」の登場  さて、このへんで「音律」の話の2合目ほどなのですが、ここから先の音律の話のた めには、もっと理解しやすい「音程の単位」が必要になります。それが、「セント」と いう単位です。  人間の感覚では、音程のへだたり(振動数比)を考える場合に、「比」という関係よ りも、足し算引き算の「和」の方が直感的です。ところが、音の関係は「比」というか け算の世界です。そこで、音量の「デシベル」という単位と同じように、「比」の関係 を「和」の関係に置き換えた単位が、「セント」というわけです。  「セント」の定義は明確で、「1オクターブは1200セント」というものです。12等分 平均律であれば、「半音」が100セントということになります。全音が200セント、完全 5度は半音7つ分ですから、700セントと明解です。ただし注意してほしいのは、セント は「比」を表わした単位ですから、絶対的な「ヘルツ」の関係と混同しないようにしま しょう。  「セント」の概念が登場したことで、まず最初の「音律」が出てきます。 それは、現代では一般にほとんど全ての音楽で使用されている「12等分平均律」 です。以下のように、オクターブ内の12個のピッチの周波数比の設定を定義して います。 ----------------------------------------------- [NO.1] 12 Equal Temperament 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100  1オクターブを等間隔の12個の半音に分割した音律。どの音程・どの和声も均質の 響きを持つために、転調・移調などの機能和声の体系には都合がよい。その反面、音律 の個性というものがなく、無色透明である。完全5度は純正な響きに近いが、純正長3 度との約14セントのずれによる独特の濁りを持つ。 -----------------------------------------------  これは、「半音が100セント」という定義そのものです。これ以降、上記と同じ ように、いろいろな音律について、同じ形式でオクターブ内の12音の周波数比 をセント表現し、その「音律の簡単な解説」が出てきますので、参考にしてみて 下さい。  「セントとヘルツとの変換式」のようなものを考えられる方もいると思いますが、実 はこの考え方は、すでに間違っています。ヘルツは絶対的な振動数ですが、セントが表 現しているのは、あくまで「比」でしかありません。100Hzと200Hzとの比は1200セント ですし、10000Hzと20000Hzとの比もまた、同じ1200セントなのです。  「振動数比とセントとの変換式」というのが、正しい理解となります。これは、「1 オクターブが1200セント」という定義から、すぐに導けます。xセントの振動数比を求 めるためには、「x=1200なら2になる比」と考えるのです。つまり、xセントとなる 振動数比は、           (x/1200)          2 ということです。明らかに、x=100、つまり「半音」の時には、振動数比が「2の、 [12分の1]乗」(つまり2の12乗根)となります。これとは逆に、振動数比が与えら れて、その振動数比に相当するセントの値を求める場合には、上の式を変形することに なります。  振動数比がYの時に、これがxセントになるとすると、          (x/1200)       Y=2 この両辺の、2を底とする対数をとって、       log(Y)=x/1200          2 結局、       x=1200*log(Y)                 2 ということになります。電卓を使って計算する場合には、自然対数に変換して、       x=log(Y)*1200/log(2) というのが、変換式となります。この式は、「音律」の考察の時にはいつも使います。 ◇12等分平均律の矛盾  さて、「セント」という武器を手にいれましたから、もう一度、「完全5度」と12等 分平均律について考えてみましょう。これは、音律についての考察の、最初の重要な段 階となります。  まず、「完全5度」を12回重ねるとオクターブに戻る、ということを確認してみまま しょう。完全5度というのは、振動数比が2:3でした。これを12回重ねるということ は、「比」はかけ算ですから、                       12                         2  (2/3)*(2/3)*(2/3)*・・・・・・・・・*(2/3)=−−−=4096/531441 12                      3 ということです。これを、7オクターブ上げて、1に近い数字に戻してみると、     4096/531441*2*2*2*2*2*2*2=0.986540369... となります。ジャスト1にはなりません。つまり、本当に協和するはずの、振動数比が 2:3の完全5度というのは、厳密な意味では、12等分平均律の音程を生成していない のです。この「誤差」は、     1−0.986540369...=0.013459631... です。これは、ほんの「誤差」と言えるほど小さいものでしょうか。これも計算してみ ましょう。振動数として、時報の高い方のA音(880Hz)としましょう。     880*0.013459631...=11.84447568... となりました。約12ヘルツです。12ヘルツというのは、この音自体は人間の聴覚に入っ ていないようですが、実は大変に問題のあるピッチです。本当に協和する完全5度(こ れを今後は、音楽の用語に従って「純正な完全5度」と呼びましょう)によって作られ た(12回積み重ねた)音と、「同じ」であるはずの元の音とを、一緒に鳴らしたらどう なるでしょうか。  12ヘルツの違いといえば、これはもう、「グワグワにうなっている」状態です。つま り、聴覚上は、音楽にとってかなり有害な「唸り」となって、しっかり知覚されるオー ダーの現象なのです。  それでは、この現象を、「セント」によって確認してみましょう。12等分平均律の場 合には、12個の「半音」を等間隔に分割しているのですから、この「完全5度」という のは、半音(100セント)の7つ分で、700セントということになります。  ところが「純正完全5度」の場合には、3/2=1.5の比ですから、       x=log(1.5)*1200/log(2) という式を計算すればいいことになります。結果は、701.9550009...セントです。 (この、純正完全5度が701.955セント、という値は覚えていても損はありません) セントの単位で約2セント、というこの「誤差」が、完全5度の場合のものです。わず か2セントの誤差ですが、このような誤差が、音楽の中では、「唸り」の原因ともなり かねない問題であることをチェックしておきましょう。 ◇ピタゴラス音律  さて、まだ「純正完全5度」しか見ていませんが、ここで早くも次の「音律」が 登場してきます。それは「ピタゴラス音律」です。ピタゴラス音律というのは 一つではありません。たとえば、以下のようなものがあり、全て音楽的には まったく異なったものです。 ----------------------------------------------- [NO.2] Pythagorean Scale ( 3#/2b ) 0 113.6849069203939 203.9098628455326 294.1350122511862 407.8200094624871 498.0450040837287 611.7300270924316 701.9550991058793 815.6401737093861 905.8651425332258 996.0902145466735 1109.775134365768  ピタゴラス音律の一種。5度円上で基準音から、5度上昇方向に8個、5度下降方向 に3個、純正な完全5度をとったもの。基準音をCとすると、ヴォルフ(悪い響き)は EフラットとGシャープの間に来る。 ----------------------------------------------- [NO.3] Pythagorean Scale ( 2#/3b ) 0 113.6849069203939 203.9098628455326 294.1350122511862 407.8200094624871 498.0450040837287 611.7300270924316 701.9550991058793 792.1800679297189 905.8651425332258 996.0902145466735 1109.775134365768  ピタゴラス音律の一種。5度円上で基準音から、5度上昇方向に7個、5度下降方向 に4個、純正な完全5度をとったもの。基準音をCとすると、ヴォルフ(悪い響き)は AフラットとCシャープの間に来る。 ----------------------------------------------- [NO.4] Pythagorean Scale ( 1#/4b ) 0 90.22480759007722 203.9098628455326 294.1350122511862 407.8200094624871 498.0450040837287 611.7300270924316 701.9550991058793 792.1800679297189 905.8651425332258 996.0902145466735 1109.775134365768  ピタゴラス音律の一種。5度円上で基準音から、5度上昇方向に6個、5度下降方向 に5個、純正な完全5度をとったもの。基準音をCとすると、ヴォルフ(悪い響き)は DフラットとFシャープの間に来る。 ----------------------------------------------- [NO.5] Pythagorean Scale ( 5b ) 0 90.22480759007722 203.9098628455326 294.1350122511862 407.8200094624871 498.0450040837287 588.2699729075684 701.9550991058793 792.1800679297189 905.8651425332258 996.0902145466735 1109.775134365768  ピタゴラス音律の一種。5度円上で基準音から、5度上昇方向に5個、5度下降方向 に6個、純正な完全5度をとったもの。基準音をCとすると、ヴォルフ(悪い響き)は GフラットとBの間に来る。 ----------------------------------------------- [NO.6] Pythagorean Scale ( 4#/1b ) 0 113.6849069203939 203.9098628455326 317.5948342594314 407.8200094624871 498.0450040837287 611.7300270924316 701.9550991058793 815.6401737093861 905.8651425332258 996.0902145466735 1109.775134365768  ピタゴラス音律の一種。5度円上で基準音から、5度上昇方向に9個、5度下降方向 に2個、純正な完全5度をとったもの。基準音をCとすると、ヴォルフ(悪い響き)は BフラットとDシャープの間に来る。 ----------------------------------------------- [NO.7] Pythagorean Scale ( 5# ) 0 113.6849069203939 203.9098628455326 317.5948342594314 407.8200094624871 498.0450040837287 611.7300270924316 701.9550991058793 815.6401737093861 905.8651425332258 1019.550062352321 1109.775134365768  ピタゴラス音律の一種。5度円上で基準音から、5度上昇方向に10個、5度下降方 向に1個、純正な完全5度をとったもの。基準音をCとすると、ヴォルフ(悪い響き) はFとAシャープの間に来る。 -----------------------------------------------  上記の音律リストで、たとえばNO.2の      [NO.2] Pythagorean Scale ( 3#/2b ) という音律について書かれているデータの意味ですが、12音のピッチを、Cを基準と するセントデータとして、 C : 0 C# : 113.6849069203939 D : 203.9098628455326 Eb : 294.1350122511862 E : 407.8200094624871 F : 498.0450040837287 F# : 611.7300270924316 G : 701.9550991058793 G# : 815.6401737093861 A : 905.8651425332258 Bb : 996.0902145466735 B : 1109.775134365768 と設定する、という意味です。ここで8番目、Gのセントデータが、どこかで見たこと のある数字だと気付いた人はなかなかスルドイです。これは、さきほど計算した「純正 完全5度」なのです。  さて、ここからが面白い計算になります。電卓を片手に、今の「C−G」以外の完全 5度音程について、計算をしてみましょう。ここでは例の「五度円」も活用します。セ ントデータというのは、完全に足し算・引き算でピッチを計算できるのですから、簡単 なことです。たとえば、五度円で「C−G」の次にある、「G−D」を見てみます。こ の数字の下の方のケタはあまり意味がありませんから、小数点以下3ケタぐらいで計算 してみると、 203.910 − 701.955 という計算ではマイナスになりますが、そういう時はオクターブ上げればいいので、 203.910 − 701.955 + 1200 と計算します。結果はどうなったでしょうか。701.955セントです。計算違いはありま せん。それでは、次の「D−A」はどうでしょう。その次の「A−E」は?  すべて計算してみるとわかりますが、なんとこの音律では、12個の完全5度音程のう ち、11個までが「純正完全5度」となっているのです。つまり、この音律のようにチュ ーニングされた楽器で演奏される音楽は、唯一の「悪い」完全5度を演奏しない限り、 「常に純正な完全5度だけが鳴る」楽器、ということになります。 ◇ピタゴラス音律の背景  これは、音楽史から考えてみれば、まったく当然のことです。西洋音楽の歴史の上で は、非常に長い期間、音楽はユニゾンとオクターブ以外の音程を同時に重ねるというこ とをしませんでした。そして「中世」音楽の時代になると、ポリフォニー音楽(複数の パートが音を重ねる音楽)において、完全5度で「ハモる」音楽が登場したのです。も ちろん、この時代は12音の全てを使うようなことはまずありませんでしたから、問題の 「悪い5度」を使わないような場所に配置しておいて、この「ピタゴラス音律」に調律 した楽器が使われたのです。  そのような音楽では、同時に鳴る音程はオクターブか純正完全5度だけですから、常 に純正に協和する音楽だったろうと思われます。そして、トランペットなどの管楽器と か、あるいはバイオリンなどの弦楽器も、単独で演奏する場合にはピタゴラス音律に近 いピッチで演奏することが報告されています。つまり、現代のオーケストラといえども 12等分平均律が万能などということはなくて、楽器に自然な音律というのは、やはり純 正な音程を持つのだ、ということを知っておきましょう。 ◇自然倍音と音程の関係  ついにピタゴラス音律という音律にたどりつきましたが、このあたりで4合目という ところでしょうか。まだまだ音律の世界の先は長いのです。  純正完全5度音程のところで、振動数比が2:3という値を使いましたが、それでは この他に「協和音程」はないだろうか、というのが、次のアプローチとなります。古代 文明の遺跡から発見される古代の弦楽器の形状を見ても、あるいはギリシャ時代に体系 化された理論を見ても、「振動数比が単純な整数比であるほど、協和度が高い」という のは、かなり昔から知られている事実です。  この、「単純な整数比」という数学的な美しさは、人間の感性をとらえる考え方であ るらしく、ケプラーの太陽系の惑星運動理論から、この宇宙も美しい「調和の原則」に 従っている、つまりこの宇宙そのものが一種の「音楽」である、などという考え方もブ ームになった時代があるほどです。  さて、整数比の予備段階として、「倍音」を考えてみましょう。ある振動数の音とい うのは、「基音」と呼ばれる基本周波数の成分と、その2倍、3倍..という「倍音」 の成分から構成される、というのは、よく知られたことです。そこで、このように完全 にきっちりと整数倍になっている倍音(これを「自然倍音」とも言います)が、音階で いえば何に相当するかを考えてみると、    ★ 自然倍音と対応する音程 ★  1倍音 −−− ユニゾン(その音自身)  2倍音 −−− 1オクターブ  3倍音 −−− 1オクターブと完全5度  4倍音 −−− 2オクターブ  5倍音 −−− 2オクターブと長3度  6倍音 −−− 2オクターブと完全5度  7倍音 −−− 2オクターブと短7度に近い音  8倍音 −−− 3オクターブ  9倍音 −−− 3オクターブと全音 10倍音 −−− 3オクターブと長3度 12倍音 −−− 3オクターブと完全5度 などということになります。このらの音を基音と同時に鳴らした場合には、もちろん厳 密に整数倍ですから、12等分平均律のような「唸り」で音が濁ることはありません。 ◇「純正な音程」とは?  それでは次に、1オクターブよりも広い音程についてはオクターブ下げる(当然、こ こでは正確に2で割ることになります)操作を繰り返して、いろいろな整数比から、音 楽の音程に使われる音程を作り出すことはできるでしょうか。実は、これが「純正律」 と呼ばれる音律の一種を作り出すために、第一の方法なのです。  音楽理論の世界では、これまでに出てきた「オクターブ」「完全5度」だけでなく、 いろいろな音楽的に重要な「音程」を定義しています。その中で、純正な音程として整 数比で定義されているものを紹介すると、以下のようなものがあります。    ★ 調和音程と振動数比 ★ ユニゾン −−−−−−−−−− 1:1 オクターブ −−−−−−−−− 1:2 完全5度 −−−−−−−−−− 2:3 完全4度 −−−−−−−−−− 3:4 長3度 −−−−−−−−−−− 4:5 短3度 −−−−−−−−−−− 5:6 大全音 −−−−−−−−−−− 9:10 小全音 −−−−−−−−−−− 8:9 大リンマ −−−−−−−−−− 25:27 全音階的半音 −−−−−−−− 15:16 半音階的大半音(大クロマ)−− 128:135 半音階的小半音(小クロマ)−− 24:25 ピタゴラス・リンマ −−−−− 243:256 シントニック・コンマ −−−− 80:81 ピタゴラス・コンマ −−−−− 524288:531441 小ディエシス −−−−−−−− 125:128 後半には、なんだかわけのわからない名前が続いていますが、まあこれはいずれ研究し てみてください。とりあえず重要なのは、最初の7つか8つあたりまでです。  「完全4度」というのは、たとえばドとファの音程ですが、これは完全5度とペアに なるものです。つまり、 オクターブ = 完全5度 + 完全4度  ( 2 = (3/2) * (4/3) ) という関係(音程の「転回」というやつです)ですから、純正な完全5度をとれば、こ れとペアの完全4度も純正な音程(調和音程ともいいます)になります。また、長3度 と短3度についても、 完全5度 = 長3度 + 短3度  ( 3/2 = (5/4) * (6/5) ) となっています。つまり、純正な完全5度は、純正な長3度と純正な短3度とに分割さ れるのです。そして、音楽上の本質的な問題はここから始まります。 ◇「純正な長3度」の問題点  純正な長3度というのは、ドに対するミが長3度ですから、ドミソというメジャーの 和音(長3和音)を形成する、完全5度に次いで重要な音程です。これを考えてみまし ょう。振動数比が[ド:ミ=4:5]とありますから、この音程に対するセントデータ は、もう簡単に計算できます。「純正長3度」は、5/4=1.25の比ですから、       x=log(1.25)*1200/log(2) という式を計算すればいいことになります。結果は、386.3137139...セントです。 (この、純正長3度が386.314セント、という値は覚えていても損はありません)  さて、この数字はどうでしょうか。12等分平均律では、長3度というのは「半音」で 4つ分ですから、400セントです。400と386.314というのは、さきほどの完全5度での 約2セントに比べて、かなり大きな「ズレ」ということになります。約14セントといえ ば、たとえばドとミを同時に鳴らしただけで、グワグワに「唸る」音です。もし、皆さ んの手元に鍵盤楽器(できれば調律の正確な電子楽器)がありましたら、試しにドとミ を同時に鳴らしてみてください。2音のそれぞれの音だけでなく、「ワンワン...」 と唸りがあることに気付くでしょう。  12等分平均律に従った単位であるために、なんだか400セント、というピッタリの数 字の方が正確な気がしてしまいますが、実はこれは、純正な音程に対して相当な誤差を 持った音程だったというわけです。 ◇メルセンヌの「純正律」  それでは、「純正な長3度」とは、どういう響きがするのでしょうか。これには、 音律設定機能を持った電子楽器を使うのが便利です。それぞれの電子楽器ごとに音律 の設定機能は異なるので、ここでは詳しくは触れませんが、パソコンの画面からMIDI のピッチベンドとして音律を設定できるフリーウェアなどもあるようですので、何か を入手してみてもいいでしょう。音律の実験は、実際に耳で聴いてみるところから始 まるのです。(^_^) ----------------------------------------------- [NO.31] Marin Mersenne : Pure Temperament 0 70.67214399972208 203.9098628455326 274.5824389517381 386.3136957203314 498.0450040837287 568.7174512029243 701.9550991058793 772.6275462250748 884.3586740066581 996.0902145466735 1088.268872218417  メルセンヌの与えた弦長データに基づく、純正律の一種。基準音から順に半音ずつ上 がった各音程と基準音との振動数比は、1/1、25/24、9/8、75/64、5 /4、4/3、25/18、3/2、25/16、5/3、16/9、15/8、とな る。 ----------------------------------------------- という音律を設定してみましょう。それぞれのピッチは、Cに対する12音として、 C : 0 C# : 70.67214399972208 D : 203.9098628455326 Eb : 274.5824389517381 E : 386.3136957203314 F : 498.0450040837287 F# : 568.7174512029243 G : 701.9550991058793 G# : 772.6275462250748 A : 884.3586740066581 Bb : 996.0902145466735 B : 1088.268872218417 というセントデータが並んでいます。よく見ると、Gの完全5度が純正完全5度のセン トデータとなっています。それから、Eの長3度も、さきほど計算した純正音程のセン トデータとなっています。  この音律が設定できたMIDI音源に対して、電子キーボード等を持っている方は、 キーボードで、Cの音とEの音を同時に弾いてみてください。音色は、たとえばビブラ ートのかかっていないパイプオルガンとか、ピアノで結構です。どんな響きがするでし ょうか。  これまで平均律の響きに慣れてしまった人にとっては、なんとも頼りない、平板な響 き(ビブラートのない空虚な響き)に感じるかもしれません。ついでにGも同時に鳴ら して、[C・E・G]のハ長調3和音も聞いてみましょう。驚くほど清楚な、よく聞い ていると心が休まるような響きがわかるでしょうか。  この響きこそ、音楽の歴史では12等分平均律よりも長い期間にわたって人類と一緒に 歩んできた、「純正なハーモニー」なのです。最近のルネサンスやバロック音楽で、当 時の楽器と当時の音律で演奏されて好評なのも、この純正な響きです。また、海外の実 力ある合唱団のいくつかは、この純正なハーモニーを実現させて、聴衆に感銘を与えて いるのです(人間は純正なハーモニーを求めるほうが自然ですから、コーラスの世界で は、意識しなくても音楽が「純正な響き」になってしまいます)。  なお、この「メルセンヌの純正律」は、他の音程についても、セントデータと振動数 比の変換式から計算してみると、 C# : 70.672  → 24:25 D : 203.909  → 8:9 Eb : 274.582  → 64:75 F : 498.045  → 3:4 F# : 568.717  → 18:25 G# : 772.627  → 16:25 A : 884.358  → 3:5 Bb : 996.090  → 9:16 B : 1088.268  → 8:15 と、かなり簡単な整数比になっています。 ◇もうひとつの「純正律」  さあ、いよいよ音律の話としても5合目を越えてきました。ここでは、上の「メルセ ンヌの純正律」をもう一度調べるところから始めましょう。ここで問題とするのは、長 3度音程のEと、短3度音程のEbについてです。この2つの音程は、 Eb : 274.582  → 64:75 E : 386.313  → 4:5 とあります。ところで、すでに触れたように、 完全5度 = 長3度 + 短3度  ( 3/2 = (5/4) * (6/5) ) という関係もありました。この両方をながめてみると、ちょっと変だと気付きましたで しょうか。ここでの短3度には、 64:75 と 5:6 との、2種類があるのです。  つまりこの音律では、[C−Eb]という「短3度」は 64:75 で、[E−G]という 「短3度」は 5:6 の振動数比となっているのです。言い替えると、この音律の特徴と いうのは、「基準となるCに対する協和度を優先している」音律、ということになりま す。これを試してみるためには、変ホ長調(Eフラットのメジャーコード)を弾いてみ たら簡単に分かります。[Eb−G]の「長3度」は、 701.955 − 274.582 = 427.373 となって、12等分平均律よりも、さらに純正長3度から離れています。実際に鳴らして みると、ちょっと聞けないぐらい、濁った響きです。これは、この音律に調律された楽 器で演奏される音楽が、「変ホ長調という和音など登場することのない音楽」という時 代のものであったことを物語っています(調律の基準をCとした場合)。  さて、そこで、 ----------------------------------------------- [NO.38] Pure Temperament (Q-50) 0 111.7311922750884 203.9098628455326 315.6412743985379 386.3136957203314 498.0450040837287 590.2237133502759 701.9550991058793 813.6864332666786 884.3586740066581 1017.596373504417 1088.268872218417  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からPを2段上昇させてGとDを、CからPを1段下降させてFをとり、これらの4音 からそれぞれ、Tを1段ずつ上昇させて4音を、またTを1段ずつ下降させて4音を生 成したもの。 ----------------------------------------------- という音律を設定してみましょう。Cを基準とすると、12音の音程に対応して、 C : 0 C# : 111.7311922750884 D : 203.9098628455326 Eb : 315.6412743985379 E : 386.3136957203314 F : 498.0450040837287 F# : 590.2237133502759 G : 701.9550991058793 G# : 813.6864332666786 A : 884.3586740066581 Bb : 1017.596373504417 B : 1088.268872218417 というデータが並んでいます。そろそろ、データの目のつけどころがつかめてきた方も いるかもしれません。まず目につくところとしては、Gの完全5度が純正完全5度のセ ントデータとなっています。それから、Eの長3度も、純正音程のセントデータとなっ ています。  そして、完全4度音程と短3度音程についても、 F:498.045 + G:701.955 = 1200 (オクターブ) Eb:315.641 + E:386.314 = 701.955 (純正完全5度) となっています。つまり、この音律では、変ホ長調の3和音についても、純正に響くこ とになります([Bb−Eb]も純正完全5度になっていることを確認してください)。  電卓を駆使していろいろと計算してみると、この音律では、あちこちの完全5度が純 正になっています。また、あちこちの長3度も純正になっています。ただし、その「し わ寄せ」が来て、相当に「悪い」音程もかなりあります。このように、「純正な音程」 と「悪い」音程がどのように配置されるか、というのが、一つ一つの「音律」の個性と なっているのです。 ◇「音律特性グラフ」(協和度円)による音律の考察  さて、ここから音律についてさらに検討していくためには、一つの道具を使うと、 とても理解しやすくなります。これは筆者が提唱した「協和度円」というような図の 活用です。ラフなフリーハンドでも十分ですし、シミュレーションするソフトを作る のもとっても簡単ですので、興味のある方はどうぞ実際に作りながら読み進めていっ て下さい。  元となるのは、一般的な五度円です。ここでは標準的に、時計の12時のところに Cがあり、1時、2時、...のところに順に完全5度ずつ上昇した、G、D、.. と並んで、最後は10時のBb、11時のF、というものとします。半径の長さは、 適当に選んで結構です。いくつもの五度円を並べますが、それぞれからハミ出てくる 場合もありますので、あまり密接して並べないで、適当に間隔をとりましょう。  そして、この五度円の中心から12個の文字盤(それぞれ12個の音階が書かれてい る)への半径に目盛りをつけます。相対的なものなので適当でいいのですが、たとえ ば、半径の半分のところを最小半径(誤差0セント)、五度円と一致する半径のとこ ろを20セント、というぐらいに規定します。それぞれの協和度円で同じスケールにし ておくこと(相対的な比較)が重要ですので、これは適当に選んでも大丈夫です。 ◇「ピタゴラス音律」と「純正律」  それでは、実際に音律に対して、この音律特性グラフを描いてみましょう。やり方 が判ってしまうと、まったく機械的な作業ですぐに作れますが、このグラフが音律の 深淵な世界と音楽的な意味を雄弁に物語ってくれることに驚くでしょう。(^_^)  ここでは、すでに登場した      [NO.2] Pythagorean Scale ( 3#/2b ) という音律を選択してみましょう。セントデータは、 C : 0 C# : 113.6849069203939 D : 203.9098628455326 Eb : 294.1350122511862 E : 407.8200094624871 F : 498.0450040837287 F# : 611.7300270924316 G : 701.9550991058793 G# : 815.6401737093861 A : 905.8651425332258 Bb : 996.0902145466735 B : 1109.775134365768 ということでした。そこでまず、12個の半径のうち、Cの部分、つまり時計で言えば 12時の部分についてプロットします。ちなみに、ここでは「黄色」と「水色」という 2種類の異なる色を同時に使います。この色である必要はありませんが、ここでは以下 の説明では、「黄色」「水色」(パソコンのディスプレイで背景をブラックにしている と際立つ色なのです(^_^;))として進めていきます。  まず、黄色の「完全5度」を計算します。つまり、この軸は「C」ですので、Cから 完全5度上の「G」との間で計算します。計算内容は、セントデータの引き算(マイナ スになったら1200をプラスし、1200を超えたら1200を引いて、ゼロ以上1200未満の値に 入れる)をした結果と純正な完全5度のセントデータの差をとった、  「完全5度上のセントデータ」−「この音のセントデータ」− 701.9550991058793 の結果の絶対値を求めます。協和度の低下としてはプラスでもマイナスでも唸るので、 最後は絶対値をとります。ここでの例では当然、ゼロとなります。そこで、この半径方 向の軸には、黄色で「最小半径」(誤差0セント)のところにプロットします。  あとは以下同文で、Gの軸(1時の方向)はD−G、Dの軸(2時の方向)はA−D というように同じ計算をします。このピタゴラス音律ではこのあたりは全て純正5度な ので、黄色のプロットは最小半径のところに並んでいきます。これらの黄色いプロット を、黄色い線で結んだグラフが、第一の音律特性グラフです。  次に、水色の「長3度」を計算します。最初の場合の軸は「C」ですので、Cから長 3度上の「E」との間で計算します。計算内容は、同じようにセントデータの引き算を した結果と純正な長3度のセントデータの差をとった、  「長3度上のセントデータ」−「この音のセントデータ」− 386.3136957203314 の結果の絶対値を求めます。今度は21.5セント程度の値が出ました。これを、半径方向 の誤差セントのスケールに応じたところに水色でプロットします。  あとは以下同文で、Gの軸(1時の方向)はB−G、Dの軸(2時の方向)はF#−D というように同じ計算をします。このピタゴラス音律ではこのあたりは全てかなり悪い 響きをしているので、水色のプロットは大きな半径のところに並んでいきます。これら の水色のプロットを、水色の線で結んだグラフが、第二の音律特性グラフです。さて、 ここでもう一度、このグラフを整理して眺めてみましょう。  時計の針のような黄色の折れ円グラフは、「完全5度」の協和度を表わしています。 また、「五度円」のようにグルリと周囲にある12個の音名は、音程の基準となる音名を 意味しています。たとえば、中央からまっすぐ上(12時の位置)にある[C]の軸は、 「Cから完全5度上」と「Cから長3度上」の協和度を表わす軸です。つまり、この軸 と黄色のグラフとの交点は、非常に小さい半径となっていますが、これが「ピッタリ」 となっています。つまり、このピタゴラス音律では、[C−G]の完全5度は、純正な 完全5度となっています。  これは、1時の位置の[G−D]でも2時の位置の[D−A]でも同じです。音律ご とのセントデータに従って、電卓で計算してみてください。この音律は、8時の位置の [G#−D#]の完全5度だけが非常に悪い(半径方向に「誤差」があります)以外は、 完全5度についてはすべて、純正な音律であることがわかります。  いっぽう、半円のような水色の折れ円グラフは、「長3度」の協和度を表わしていま す。この音律では、9時の位置の[Bb−F]から4時の位置の[E−B]までの長3度 が、かなり悪いのがわかります。この音律に設定した音源で、実際に耳でこの長3度を 確認してみて下さい。  さて、それでは今度は、これも既に登場した  [NO.38] Pure Temperament (Q-50) という音律を選択してみましょう。セントデータは、 C : 0 C# : 111.7311922750884 D : 203.9098628455326 Eb : 315.6412743985379 E : 386.3136957203314 F : 498.0450040837287 F# : 590.2237133502759 G : 701.9550991058793 G# : 813.6864332666786 A : 884.3586740066581 Bb : 1017.596373504417 B : 1088.268872218417 でした。同じようにして、音律特性グラフを描いてみましょう。  11時の位置から1時の位置までを見ると、完全5度のグラフも長3度のグラフも、す べて「純正協和音程」の、最小半径になっています。つまり、 11時の位置 → 基準音は「F」 → 完全5度[F−C]は純正                     →  長3度[F−A]は純正 12時の位置 → 基準音は「C」 → 完全5度[C−G]は純正                     →  長3度[C−E]は純正 1時の位置 → 基準音は「G」 → 完全5度[G−D]は純正                     →  長3度[G−B]は純正 ということになります。つまり、この音律では、Cメジャーを基調とすると、トニック のCメジャー、ドミナントのGメジャー、サブドミナントのFメジャーの全ての和音が 純正な響きであることになります。この音律を設定して、コードを知っていてキーボー ドを弾ける人は、 C − F − C − G − C という「カデンツァ」を弾いてみてください。平均律に慣れてしまっている耳には、ち ょっと驚くほど素朴な、しかしどこか「安らぐ」響きが体験できます。  この純正律の場合には、3時の位置から6時の位置までの基準音に対する長3度が、 「しわ寄せ」としてかなり悪いことがわかります。これも音にすればすぐ判明します。 しかし、この音律にチューニングされた楽器では、「該当する部分の和音を使わない音 楽」が演奏されていた、という歴史的事実を忘れてはいけません。バッハ以前の時代の 音楽では、転調とかの要請で12種類の全ての和音を使うことなど、なかったのです。そ の範囲の音楽に対応した音律としては、この純正律は非常にパーフェクトな協和度を提 供していたわけです。  このように、「純正律」という一連のグループは、純正な3度を使って 構成された数多くのものがあります。以下に、ざっと並べてみましょう。 ----------------------------------------------- [NO.32] Pure Temperament (Q-39) 0 70.67214399972208 182.4034072176659 294.1350122511862 386.3136957203314 498.0450040837287 568.7174512029243 680.4487853637236 772.6275462250748 884.3586740066581 996.0902145466735 1066.762506881457  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度(3/2)をP、純正長3度(5/ 4)をTとすると、CからTを2段上昇させてEとGシャープをとり、これらの3音か らそれぞれ、Pを3段ずつ下降させて残りの9音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.33] Pure Temperament (Q-40) 0 70.67214399972208 182.4034072176659 274.5824389517381 386.3136957203314 498.0450040837287 568.7174512029243 701.9550991058793 772.6275462250748 884.3586740066581 996.0902145466735 1088.268872218417  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からPを1段上昇させてGを、CからPを2段下降させてFとBフラットをとり、これ らの4音からそれぞれ、Tを2段ずつ上昇させて残りの8音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.34] Pure Temperament (Q-41) 0 70.67214399972208 203.9098628455326 274.5824389517381 386.3136957203314 498.0450040837287 590.2237133502759 701.9550991058793 772.6275462250748 884.3586740066581 976.5375380576173 1088.268872218417  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からPを2段上昇させてGとDを、CからPを1段下降させてFをとり、これらの4音 からそれぞれ、Tを2段ずつ上昇させて残りの8音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.35] Pure Temperament (Q-42) 0 92.17852868473322 203.9098628455326 274.5824389517381 386.3136957203314 478.4924307842806 590.2237133502759 701.9550991058793 772.6275462250748 905.8651425332258 976.5375380576173 1088.268872218417  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からTを2段上昇させてEとGシャープをとり、これらの3音からそれぞれ、Pを3段 ずつ上昇させて残りの9音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.36] Pure Temperament (Q-48) 0 111.7311922750884 182.4034072176659 294.1350122511862 386.3136957203314 498.0450040837287 609.7763382445281 680.4487853637236 813.6864332666786 884.3586740066581 996.0902145466735 1107.821445517865  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からTを1段上昇させてEを、CからTを1段下降させてAフラットをとり、これらの 3音からそれぞれ、Pを3段ずつ下降させて残りの9音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.37] Pure Temperament (Q-49) 0 111.7311922750884 182.4034072176659 315.6412743985379 386.3136957203314 498.0450040837287 609.7763382445281 701.9550991058793 813.6864332666786 884.3586740066581 996.0902145466735 1088.268872218417  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からPを1段上昇させてGを、CからPを2段下降させてFとBフラットをとり、これ らの4音からそれぞれ、Tを1段ずつ上昇させて4音を、またTを1段ずつ下降させて 4音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.39] Pure Temperament (Q-51) 0 92.17852868473322 203.9098628455326 315.6412743985379 386.3136957203314 519.5514210154924 590.2237133502759 701.9550991058793 813.6864332666786 905.8651425332258 1017.596373504417 1088.268872218417  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からPを3段上昇させてGとDとAをとり、これらの4音からそれぞれ、Tを1段ずつ 上昇させて4音を、またTを1段ずつ下降させて4音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.40] Pure Temperament (Q-57) 0 111.7311922750884 223.4624619423827 294.1350122511862 427.3725311671312 498.0450040837287 609.7763382445281 721.5075692157194 813.6864332666786 925.417509453458 996.0902145466735 1107.821445517865  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からPを3段下降させてFとBフラットとEフラットをとり、これらの4音からそれぞ れ、Tを2段ずつ下降させて残りの8音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.41] Pure Temperament (Q-58) 0 111.7311922750884 223.4624619423827 315.6412743985379 427.3725311671312 498.0450040837287 609.7763382445281 701.9550991058793 813.6864332666786 925.417509453458 996.0902145466735 1129.327810854824  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からPを1段上昇させてGを、CからPを2段下降させてFとBフラットをとり、これ らの4音からそれぞれ、Tを2段ずつ下降させて残りの8音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.42] Pure Temperament (Q-59) 0 111.7311922750884 203.9098628455326 315.6412743985379 427.3725311671312 498.0450040837287 631.2825487970758 701.9550991058793 813.6864332666786 925.417509453458 1017.596373504417 1129.327810854824  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からPを2段上昇させてGとDを、CからPを1段下降させてFをとり、これらの4音 からそれぞれ、Tを2段ずつ下降させて残りの8音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.43] Pure Temperament (Q-60) 0 133.237570510749 203.9098628455326 315.6412743985379 427.3725311671312 519.5514210154924 631.2825487970758 701.9550991058793 813.6864332666786 905.8651425332258 1017.596373504417 1129.327810854824  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正長3度をTとすると、C からPを3段上昇させてGとDとAをとり、これらの4音からそれぞれ、Tを2段ずつ 下降させて残りの8音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.44] Pure Temperament (T-39) 0 49.16583025756642 182.4034072176659 253.0760478173764 364.8074593703817 498.0450040837287 568.7174512029243 680.4487853637236 751.1212324829191 884.3586740066581 996.0902145466735 1066.762506881457  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度(3/2)をP、純正短3度(6/ 5)をRとすると、CからPを2段下降させてFとBフラットをとり、これらの3音か らそれぞれ、Rを3段ずつ下降させて残りの9音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.45] Pure Temperament (T-40) 0 70.67214399972208 182.4034072176659 253.0760478173764 386.3136957203314 498.0450040837287 568.7174512029243 701.9550991058793 751.1212324829191 884.3586740066581 955.0311727206577 1066.762506881457  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを1段上昇させてGを、CからPを1段下降させてFをとり、これらの3音から それぞれ、Rを3段ずつ下降させて残りの9音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.46] Pure Temperament (T-41) 0 70.67214399972208 203.9098628455326 253.0760478173764 386.3136957203314 456.9862718265369 568.7174512029243 701.9550991058793 772.6275462250748 884.3586740066581 955.0311727206577 1088.268872218417  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを2段上昇させてGとDをとり、これらの3音からそれぞれ、Rを3段ずつ下降 させて残りの9音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.47] Pure Temperament (T-49) 0 111.7311922750884 182.4034072176659 315.6412743985379 364.8074593703817 498.0450040837287 568.7174512029243 680.4487853637236 813.6864332666786 884.3586740066581 996.0902145466735 1066.762506881457  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを2段下降させてFとBフラットをとり、これらの3音からそれぞれ、Rを1段 ずつ上昇させて3音を、またRを2段ずつ下降させて残り6音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.48] Pure Temperament (T-50) 0 70.67214399972208 182.4034072176659 315.6412743985379 386.3136957203314 498.0450040837287 568.7174512029243 701.9550991058793 813.6864332666786 884.3586740066581 1017.596373504417 1066.762506881457  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを1段上昇させてGを、CからPを1段下降させてFをとり、これらの3音から それぞれ、Rを1段ずつ上昇させて3音を、またRを2段ずつ下降させて残り6音を生 成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.49] Pure Temperament (T-51) 0 70.67214399972208 203.9098628455326 315.6412743985379 386.3136957203314 519.5514210154924 568.7174512029243 701.9550991058793 772.6275462250748 884.3586740066581 1017.596373504417 1088.268872218417  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを2段上昇させてGとDをとり、これらの3音からそれぞれ、Rを1段ずつ上昇 させて3音を、またRを2段ずつ下降させて残り6音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.50] Pure Temperament (T-59) 0 111.7311922750884 182.4034072176659 315.6412743985379 427.3726601541412 498.0450040837287 631.2826519866837 680.4487853637236 813.6864332666786 884.3586740066581 996.0902145466735 1129.327810854824  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを2段下降させてFとBフラットをとり、これらの3音からそれぞれ、Rを1段 ずつ下降させて3音を、またRを2段ずつ上昇させて残り6音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.51] Pure Temperament (T-60) 0 133.237364131533 182.4034072176659 315.6412743985379 386.3136957203314 498.0450040837287 631.2826519866837 701.9550991058793 813.6864332666786 884.3586740066581 1017.596373504417 1129.327810854824  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを1段上昇させてGを、CからPを1段下降させてFをとり、これらの3音から それぞれ、Rを1段ずつ下降させて3音を、またRを2段ずつ上昇させて残り6音を生 成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.52] Pure Temperament (T-61) 0 133.237364131533 203.9098628455326 315.6412743985379 386.3136957203314 519.5514210154924 631.2826519866837 701.9550991058793 835.1927986036382 884.3586740066581 1017.596373504417 1088.268872218417  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを2段上昇させてGとDをとり、これらの3音からそれぞれ、Rを1段ずつ下降 させて3音を、またRを2段ずつ上昇させて残り6音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.53] Pure Temperament (T-69) 0 111.7311922750884 244.9689820637543 315.6412743985379 427.3726601541412 498.0450040837287 631.2826519866837 743.014089337091 813.6864332666786 946.9239779800256 996.0902145466735 1129.327810854824  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを2段下降させてFとBフラットをとり、これらの3音からそれぞれ、Rを3段 ずつ上昇させて残り9音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.54] Pure Temperament (T-70) 0 133.237364131533 244.9689820637543 315.6412743985379 448.8786127326689 498.0450040837287 631.2826519866837 701.9550991058793 813.6864332666786 946.9239779800256 1017.596373504417 1129.327810854824  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを1段上昇させてGを、CからPを1段下降させてFをとり、これらの3音から それぞれ、Rを3段ずつ上昇させて残り9音を生成したもの。 ----------------------------------------------- [NO.55] Pure Temperament (T-71) 0 133.237364131533 203.9098628455326 315.6412743985379 448.8786127326689 519.5514210154924 631.2826519866837 701.9550991058793 835.1927986036382 946.9239779800256 1017.596373504417 1150.834279381392  純正律の一種。基準音をCとして、純正完全5度をP、純正短3度をRとすると、C からPを2段上昇させてGとDをとり、これらの3音からそれぞれ、Rを3段ずつ上昇 させて残り9音を生成したもの。 -----------------------------------------------  これら「純正律」には、大きく2種類のグループがあります。片方のことがわかる と、もう一方も同じですので、ここでは、「長3度5/4と完全5度3/2」の グループについて考えましょう。完全5度というのは、12個重ねるとオクターブに 戻る、というのが12等分平均律の考え方です。つまり、ドイツ表記をすると、  C - G - D - A - E - H - Fis - Cis - Gis - Dis - Ais - Eis( = F ) - C ということです。 ところが、これを完全に等間隔の振動数比、つまり「12乗根の2、の7乗」とすると、 ぐるっと回っても、ぴったり1オクターブになりません。 このズレ(純正完全5度3/2を12個重ねたものとオクターブとの差)が、 「ピタゴラスコンマ」というものです。そこで発想を変えましょう。「5度円」を ここでは忘れます。 ここでは、純正な長3度をT、純正な完全5度をPとしましょう。 T=5/4、P=3/2です。 まず最初に、Cからスタートして、Pで4つの音を決めます。           C -- G -- D -- A この、[--]の部分がすべてPです。 次に、この4つの音に対して、Tだけ上の音を、それぞれ置きます。たとえばC からTを上にとるとE、GからTだけ上にとるとHの音です。 E H Fis Cis / / / /           C -- G -- D -- A この、[/]の部分がすべてTです。すると、上の横1列の4つの音の関係も、 すべてPになっています。 E -- H -- Fis--Cis / / / /           C -- G -- D -- A 同様にして、Cの列の下にも、Tだけそれぞれ下げたものを4音、とってみます。 E -- H -- Fis--Cis / / / /           C -- G -- D -- A / / / / As - Es - B -- F これで12音ができました。これは一種の「純正律」です。これが上記の「39番」 です。 ところで、この図のいちばん左がわの列の3音から、さらに、それぞれPだけ 下げた音もとれます。 A'-- E -- H -- Fis--Cis / / / / /         F'-- C -- G -- D -- A / / / / / Des--As - Es - B -- F これをよく見てください。この図のAとAダッシュというのは、もちろん12等分 平均律では「同じピッチ」なのですが、純正律の世界では「別の音」です。 FとFダッシュも、違います。そして、異名同音であるはずの Des と Cis も、 もちろん、違う音です。 そこで、鍵盤が1オクターブに12個しかない純正律楽器では、たとえば今度は いちばん右側の列の3音を取ってしまって、 A'-- E -- H -- Fis / / / /         F'-- C -- G -- D / / / / Des--As - Es - B と、12個の音程のピッチを割り当てます。これが「38番」です。 この方法で、5/4と3/2の純正音程だけを使ってさらに上下左右に音程を 拡張していけます。たとえば、中央のCにしても、 H'---Fis'-Cis'-Gis--Dis--Ais--Eis-- His ←☆ / / / / / / / / G'-- D'-- A'-- E -- H -- Fis--Cis - Gis' / / / / / / / /   Es'-- B'-- F'-- C -- G -- D -- A -- E' / / / / / / / / Ces--Ges--Des--As - Es - B -- F - C' ←☆ というように、広げていくと同じように登場しますが、これらの「別のC」と いうのは、もちろん別のピッチです。 上の図の範囲だと、「タテ3音、横4音」の並行四辺形が、合計10種類も とれます。つまり、この図の範囲で、10種類の「純正律」があります。ところが、 それらが弾き分けられるためには、ここでは1オクターブに32種類の鍵盤が ないといけません。 この図の上下左右への展開は、まだ中途です。そこで、田中博士の純正律オルガン の場合、たとえば「異なる5種類のFシャープ」などのような音程を弾き分ける ために、たくさんの黒鍵があるのです。たぶん白鍵もたくさんあるでしょう。 これとは別に、純正短3度(6/5)と純正完全5度から構成する体系もあり ます。結局、それぞれ12種類ずつ、合計24種類ほど、このタイプの純正律が あることになります。 ◇「中全音律」の世界  さて、音楽を構成する「音組織」として、完全5度と長3度とをそれぞれの立場から 追求したのが「ピタゴラス音律」や「純正律」だったのですが、時代がバッハを誕生さ せた頃から、状況はややこしくなってきます。音楽の歴史に、「転調」「複雑な和音進 行」が登場します。  たとえばハ長調だけ、と固定している範囲であれば、これまでの音律でも十分に協和 度の高いチューニングができたのですが、バッハのように12の調を自在に扱う音楽の時 代になると、「特定の調で突然に響きが悪い」「響きの良好な調性が少ない」という問 題点が大きく浮上してきました。特に、ピタゴラス音律での「悪い長3度」が問題とな りました。そこで登場したのが、「ミーントーン」と呼ばれる「中全音律」の一群なの です。 ----------------------------------------------- [NO.8] Meantone ( 3#/2b ) 0 76.04873372162436 193.156670503027 310.2648007649446 386.3136247774759 503.4216002549815 579.4704500649149 696.5785029346265 772.6274043393638 889.7353540194674 1006.843406889179 1082.892153509504  中全音律の一種。完全に純正な[2オクターブ+長3度]を4等分した「ミーントー ン5度」をまず作り、これを5度円上で基準音から、5度上昇方向に8個、5度下降方 向に3個とったもの。 ----------------------------------------------- [NO.9] Meantone ( 2#/3b ) 0 76.04873372162436 193.156670503027 310.2648007649446 386.3136247774759 503.4216002549815 579.4704500649149 696.5785029346265 813.6864526147301 889.7353540194674 1006.843406889179 1082.892153509504  中全音律の一種。完全に純正な[2オクターブ+長3度]を4等分した「ミーントー ン5度」をまず作り、これを5度円上で基準音から、5度上昇方向に7個、5度下降方 向に4個とったもの。 ----------------------------------------------- [NO.10] Meantone ( 1#/4b ) 0 117.1077884463411 193.156670503027 310.2648007649446 386.3136247774759 503.4216002549815 579.4704500649149 696.5785029346265 813.6864526147301 889.7353540194674 1006.843406889179 1082.892153509504  中全音律の一種。完全に純正な[2オクターブ+長3度]を4等分した「ミーントー ン5度」をまず作り、これを5度円上で基準音から、5度上昇方向に6個、5度下降方 向に5個とったもの。 ----------------------------------------------- [NO.11] Meantone ( 5b ) 0 117.1077884463411 193.156670503027 310.2648007649446 386.3136247774759 503.4216002549815 620.5295499350851 696.5785029346265 813.6864526147301 889.7353540194674 1006.843406889179 1082.892153509504  中全音律の一種。完全に純正な[2オクターブ+長3度]を4等分した「ミーントー ン5度」をまず作り、これを5度円上で基準音から、5度上昇方向に5個、5度下降方 向に6個とったもの。 ----------------------------------------------- [NO.12] Meantone ( 4#/1b ) 0 76.04873372162436 193.156670503027 269.2054687181563 386.3136247774759 503.4216002549815 579.4704500649149 696.5785029346265 772.6274043393638 889.7353540194674 1006.843406889179 1082.892153509504  中全音律の一種。完全に純正な[2オクターブ+長3度]を4等分した「ミーントー ン5度」をまず作り、これを5度円上で基準音から、5度上昇方向に9個、5度下降方 向に2個とったもの。 ----------------------------------------------- [NO.13] Meantone ( 5# ) 0 76.04873372162436 193.156670503027 269.2054687181563 386.3136247774759 503.4216002549815 579.4704500649149 696.5785029346265 772.6274043393638 889.7353540194674 965.7841006397928 1082.892153509504  中全音律の一種。完全に純正な[2オクターブ+長3度]を4等分した「ミーントー ン5度」をまず作り、これを5度円上で基準音から、5度上昇方向に10個、5度下降 方向に1個とったもの。 -----------------------------------------------  それでは、実際に試してみましょう。上記の音律リストから、  [NO.9] Meantone ( 2#/3b ) という音律を選択して、音律特性グラフを作成し、音源にこの音律を設定してみましょ う。(以降、このような作業は同じように進めていくものとします。)  黄色の「完全5度グラフ」の半径がちょっとだけ増えていますが、なんと9時の位置 の[Eb]から、4時の位置のEまで、長3度がパーフェクトです。完全5度もそれほ ど悪くないので、MIDIキーボードで弾いてみると、この8つの、 変ホ長調、変ロ長調、ヘ長調、ハ長調、ト長調、ニ長調、イ長調、ホ長調 の長3和音が良好に響きます。さきほどの純正律よりも、良好な響きとして使える調性 がだいぶ増えたことになります。これが、ミーントーンのもっとも基本的なものです。  すでに、「セントデータ」の計算についても考えてみましたから、ここでは、このグ ラフの8時の位置以外のところにある黄色のグラフの、「ちょっとだけ悪い完全5度」 について確認しておきましょう。この完全5度は、「ミーントーン5度」と呼ばれるも のです。  まず、Cから純正な長3度をとります。ただしここでは、4:5の比でなくて、音楽 的には同じ意味ですが、直接の5倍音、つまり「2オクターブと長3度」とします。こ の2オクターブと長3度の中には、 C − G − D − A − E と、4つの完全5度音程が入っています。そこで、この「外枠」の5倍というのを完全 に純正にとって、さらにこの4つの完全5度を「等間隔」にします。この完全5度が、 「ミーントーン5度」なのです。つまり、ミーントーン5度の振動数比をZとすると、 Zを4回重ねると5倍になるのですから、      4 Z = 5 です。つまり、Zは「5の4乗根」、1.495348781...です。純正な完全5度は 1.5 です から、ちょっとだけ違っています。セントデータを求めるには、これを       x=log(Z)*1200/log(2) という式として計算すればいいことになります。結果は、約696.578セントです。これ が、上記のセントデータ(Cを基準にしている)の、[G]のところの数値なのです。 この中全音律では、この「ミーントーン5度」を、ちょうどピタゴラス音律のように、 12個のうち「特定の悪いところ1箇所」以外のところに配置するようにしています。  昔の楽器調律者の「秘伝書」では、「この調律ではC−Gの唸りが何回」というよう な伝承を頼りに、いちいちチューニングピンを回してセッティングしていたのですが、 電卓で単純に計算したデータをコンピュータから電子楽器に送れば、クウォーツ(水晶 振動子)の誤差(0.01%)で設定できて、さらにたいていの電子楽器では16ビット (6万分の1)程度の精度でデータ処理されていることになります。同じ「音律」と はいっても、時代は進んでいますね。 ◇いろいろな「ミーントーン」  上記の音律リストには、このような「中全音律」として、 [NO.8] Meantone ( 3#/2b ) [NO.9] Meantone ( 2#/3b ) [NO.10] Meantone ( 1#/4b ) [NO.11] Meantone ( 5b ) [NO.12] Meantone ( 4#/1b ) [NO.13] Meantone ( 5# ) というような、「悪い音程」の位置をいろいろに変更した中全音律が並んでいます。そ してさらに、いろいろな技法によって改良された、 [NO.14] Salinas ( 1/3 Syntonic Comma ) [NO.15] Verheijen-Rossi ( 1/5 Syntonic Comma ) [NO.16] Praetorius Meantone [NO.17] Schnitger Meantone [NO.25] Rameau-Legros Meantone [NO.26] Vogel-III Meantone というような中全音律の改良型とも「ウェル・テンパード音律」と呼ばれる一群 の音律の一種とも言えるようなものもあります。セントデータは以下の通りです。 ----------------------------------------------- [NO.14] Salinas ( 1/3 Syntonic Comma ) 0 63.50334436454176 189.5722726282317 315.6413969361974 379.1448290278853 505.2137991923792 568.7172577224093 694.7863039972288 758.2898128401825 884.3587578482146 1010.427804763974 1073.931160745337  ウェル・テンパード音律の一種。シントニック・コンマ(大全音9/8と小全音10 /9との差)の3分の1の量Xを作り、ピタゴラス音律(NO2)の各音に対して、5 度円上で基準音から5度上昇方向に1つ目の音からはXの1倍、2つ目の音ではXの2 倍..とXの整数倍だけ下げ、5度下降方向では逆にXの整数倍だけ上げたもの。 ----------------------------------------------- [NO.15] Verheijen-Rossi ( 1/5 Syntonic Comma ) 0 83.57596887413043 195.3073088433401 307.0388435749451 390.6149014581021 502.346281084825 585.9223644449139 697.653822104783 781.2299577006161 892.9613112094669 1004.692768548866 1088.268749680757  ウェル・テンパード音律の一種。シントニック・コンマ(大全音9/8と小全音10 /9との差)の5分の1の量Xを作り、ピタゴラス音律(NO2)の各音に対して、5 度円上で基準音から5度上昇方向に1つ目の音からはXの1倍、2つ目の音ではXの2 倍..とXの整数倍だけ下げ、5度下降方向では逆にXの整数倍だけ上げたもの。 ----------------------------------------------- [NO.16] Praetorius Meantone 0 76.04873372162436 193.156670503027 304.8882045936918 386.3136247774759 503.4216002549815 579.4704500649149 696.5785029346265 778.0040005106166 889.7353540194674 1006.843406889179 1082.892153509504  中全音律の改良型の一種。まず「ミーントーン5度」を使って、5度円上で基準音か ら5度上昇方向に7個、5度下降方向に2個の音程をとり、次に上昇方向で7個目−8 個目の間と下降方向で2個目−3個目の間には、純正な完全5度をとったもの。 ----------------------------------------------- [NO.17] Schnitger Meantone 0 81.42532989287715 193.156670503027 299.511608422439 386.3136247774759 503.4216002549815 579.4704500649149 696.5785029346265 783.3805966818694 889.7353540194674 1001.466810717926 1082.892153509504  中全音律の改良型の一種。まず「ミーントーン5度」を使って、5度円上で基準音か ら5度上昇方向に6個、5度下降方向に1個の音程をとり、次に上昇方向で6個目−7 個目−8個目の間と下降方向で1個目−2個目−3個目の間には、純正な完全5度をと ったもの。 ----------------------------------------------- [NO.25] Rameau-Legros Meantone 0 86.80192606412994 193.156670503027 297.8002998711506 386.3136247774759 503.4216002549815 584.8470462361677 696.5785029346265 788.7571928531222 889.7353540194674 1006.843406889179 1082.892153509504  ウェル・テンパード音律の一種。基準音をCとすると、まず「ミーントーン5度」M と純正完全5度Pとを用いて、5度円の基準音から5度上昇方向に、順にM−M−M− M−M−P−P−PとGシャープまでの7音をとり、5度下降方向には、順にM−Mと Bフラットまでの2音をとる。残ったEフラットについては、Bフラットと1オクター ブ上のGシャープとの隔たりを2等分して定めたもの。 ----------------------------------------------- [NO.26] Vogel-III Meantone 0 81.42532989287715 193.156670503027 289.7354056142714 386.3136247774759 498.0450040837287 579.4704500649149 696.5785029346265 783.3805966818694 889.7353540194674 996.0902145466735 1082.892153509504  ウェル・テンパード音律の一種。基準音をCとすると、まず「ミーントーン5度」M と純正完全5度Pとを用いて、5度円の基準音から5度上昇方向に、順にM−M−M− M−M−M−P−PとGシャープまでの7音をとり、5度下降方向には、順にP−Pと Bフラットまでの2音をとる。残ったEフラットについては、Bフラットと1オクター ブ上のGシャープとの隔たりを2等分して定めたもの。 ----------------------------------------------- ここでは、これ以上の詳しい解説を省略しますが、興味のある方は、「古典音律の 調律」といったジャンルの本が、最近のバロック音楽ブームであちこちの出版社から 出ているようですから、研究してみてください。 ◇「ウェル・テンパード音律」へ  いろいろな中全音律が提唱されましたが、バッハのように12種類の和音をすべて「持 ち駒」にする音楽では、どうしても「特定の悪い和音」というのは、音楽的に許せるも のではありません。そこで、中全音律の改良として、歴史的にもいろいろ考えられてき たのが、「ウェル・テンパード音律」のグループです。  バッハの「平均律クラビコード曲集」でいう「平均律」というのは、現在の「12等分 平均律」ではない、というのはよく知られた事実です。バッハが愛好したといわれる、 「ベルクマイスター音律」なども、この「ウェル・テンパード」音の一種なのです。 ----------------------------------------------- [NO.18] Kirnberger <1> 0 90.22480759007722 203.9098628455326 294.1350122511862 386.3136247774759 498.0450040837287 590.2236424074204 701.9550991058793 792.1800679297189 884.3587578482146 996.0902145466735 1088.268749680757  ウェル・テンパード音律の一種。基準音をCとすると、まず5度円でCから5度上昇 方向にDまでの2音と、5度下降方向にDフラットまでの5音について、純正完全5度 を積み重ねる。次にCから純正長3度音程として、第二の基準音Eを定める。このEか ら5度上昇方向に2音、5度下降方向に1音、純正完全5度によって定めたもの。 ----------------------------------------------- [NO.19] Kirnberger <2> 0 90.22480759007722 203.9098628455326 294.1350122511862 386.3136247774759 498.0450040837287 590.2236424074204 701.9550991058793 792.1800679297189 895.1119501907202 996.0902145466735 1088.268749680757  ウェル・テンパード音律の一種。基準音をCとすると、キルンベルガー第1法(NO 18)によって定められた音程のうち、AについてはEから純正な完全5度をとらずに、 Dと1オクターブ上のEとの隔たりを2等分して定めたもの。 ----------------------------------------------- [NO.20] Kirnberger <3> 0 90.22480759007722 193.156670503027 294.1350122511862 386.3136247774759 498.0450040837287 590.2236424074204 696.5785029346265 792.1800679297189 889.7353540194674 996.0902145466735 1088.268749680757  ウェル・テンパード音律の一種。基準音をCとすると、5度円でCから5度下降方向 にDフラットまでの5音は純正完全5度を積み重ね、Cから純正長3度音程としたEか ら5度上昇方向に2音は純正完全5度によって定めて、残ったCからEの間の3音は、 等間隔の「ミーントーン5度」としたもの。 ----------------------------------------------- [NO.21] Werckmeister <1> 0 90.22480759007722 192.1798454271267 294.1350122511862 390.2249833348783 498.0450040837287 588.2699729075684 696.0900903966763 792.1800679297189 888.270116405617 996.0902145466735 1092.18010823816  ウェル・テンパード音律の一種。基準音をCとすると、まず5度円でCから5度下降 方向にFフラットまで8つの純正完全5度を積み重ね、このFフラットとCとの間を4 等分した「やや狭い5度」Yを作る。次にCから5度上昇方向にAまで3音をYを積み 重ねて作り、このAからさらに5度上昇方向に純正完全5度によってEとBをとり直し て、BとGフラットの間に第4のYが移動したもの。 ----------------------------------------------- [NO.22] Werckmeister <2> 0 82.40485953909363 196.0898510002075 294.1350122511862 392.1799857718369 498.0450040837287 588.2699922556199 694.1350872605542 784.3601263280858 890.2251188425757 1003.910226391999 1086.315099528957  ウェル・テンパード音律の一種。ダイアトニック・コンマ(純正完全5度による長3 度と純正な長3度との差)の3分の1の量Zを作り、5度円上で基準音から5度上昇方 向に1つ目と2つ目の音からはZの1倍、3つ目と4つ目の音ではZの2倍..と純正 完全5度よりもXの整数倍だけ下げ、9つ目だけは8つ目からZだけ上げ、5度下降方 向では1つ目は純正5度、2つ目はZだけ上げたもの。 ----------------------------------------------- [NO.23] Werckmeister <3> 0 96.08988079278512 203.9098628455326 300.0000209603891 396.0899920440812 503.9100127929317 600.0000096740258 701.9550991058793 792.1801388725744 900.0001338240229 1001.955223255876 1098.045116947362  ウェル・テンパード音律の一種。ベルクマイスター第1法(NO21)の「やや狭い 5度」Yと純正完全5度Pとを用いて、5度円の基準音から5度上昇方向に、順にP− P−Y−Y−P−P−Y−Yと8音をとり、5度下降方向には、順にY−P−Pと3音 をとったもの。 ----------------------------------------------- [NO.24] Kirnberger - Werckmeistar 0 90.22480759007722 193.156670503027 294.1350122511862 391.6902209487287 498.0450040837287 590.2236424074204 696.5785029346265 792.1800679297189 889.7353540194674 996.0902145466735 1093.64534585201  キルンベルガーのウェル・テンパード音律にベルクマイスターの手法を応用したもの で、これも「ベルクマイスター第3法」と呼ばれる場合がある。キルンベルガー第3法 (NO20)のミーントーン5度Mと純正完全5度Pとを用いて、5度円の基準音から 5度上昇方向に、順にM−M−M−P−P−M−P−Pと8音をとり、5度下降方向に は、順にP−P−Pと3音をとったもの。 ----------------------------------------------- [NO.27] Bruder Well-Tempered 0 91.4465274031183 193.156670503027 294.867916441871 386.3136247774759 498.2893054806237 589.735832883742 696.5785029346265 793.1572219224947 889.7353540194674 996.5786109612473 1088.025138364366  ウェル・テンパード音律の一種。基準音をCとすると、まず5度円でCから5度上昇 方向にEまでの4音にはミーントーン5度を配置し、さらに残りの7音を隔てている8 つの完全5度については全て等間隔としたもの。 ----------------------------------------------- [NO.28] Bruder - Werckmeister 0 91.4465274031183 193.156670503027 294.867916441871 391.4460485388437 498.2893054806237 589.735832883742 696.5785029346265 793.1572219224947 889.7353540194674 996.5786109612473 1093.157329949116  ウェル・テンパード音律の一種。ブルーダー音律(NO27)の「純正長3度の残り を8等分した完全5度」Qとミーントーン5度Mとを用いて、5度円の基準音から5度 上昇方向に、順にM−M−M−Q−Q−M−Q−Q−Q−Q−Q−Qとしたもの。 ----------------------------------------------- [NO.29] Gottfried ( 1/6 Syntonic Comma ) 0 88.59412564246781 196.7410677368821 304.8882045936918 393.4824192451862 501.629401638054 590.2236424074204 698.370701551554 786.9649932747843 895.1119501907202 1003.259009655324 1091.853147555553  ウェル・テンパード音律の一種。純正な完全5度からシントニック・コンマ(大全音 9/8と小全音10/9との差)の6分の1の量だけ狭い完全5度をまず作り、これを 5度円上で基準音から、5度上昇方向に8個、5度下降方向に3個とったもの。 ----------------------------------------------- [NO.30] Gottfried ( 1/6 Pythagorean Comma ) 0 86.31486720966496 196.0898510002075 305.865029669592 392.1799857718369 501.9550100063913 588.2699922556199 698.0450931832167 784.3601263280858 894.1351251148199 1003.910226391999 1090.225105801201  ウェル・テンパード音律の一種。純正な完全5度からピタゴラス・コンマ(純正完全 5度を12個重ねたものと7オクターブとの差)の6分の1の量だけ狭い完全5度をま ず作り、これを5度円上で基準音から、5度上昇方向に8個、5度下降方向に3個とっ たもの。 -----------------------------------------------  それでは、実際に試してみましょう。上記の音律リストで、  [NO.20] Kirnberger <3> という音律を選択して、同様に音律特性グラフを作成し、音源に設定して鳴らしてみて 下さい。  この音律は、ベルクマイスターとともに音律の名前として有名な「キルンベルガー」 という人の編み出した音律の一種で、「キルンベルガーの第3法」と呼ばれる音律なの ですが、この同じ名称でも、文献によっては異なったデータが記載されている場合もあ るようなので、注意してください。  このグラフは、何とも不思議な形状をしています。他にも、 [NO.18] Kirnberger <1> [NO.19] Kirnberger <2> [NO.20] Kirnberger <3> [NO.21] Werckmeister <1> [NO.22] Werckmeister <2> [NO.23] Werckmeister <3> [NO.24] Kirnberger - Werckmeistar [NO.27] Bruder Well-Tempered [NO.28] Bruder - Werckmeister などの「ウェル・テンパード音律」のグラフを眺めてみると、なかなかユニークな形状 をしています。これらの図形は、べつにでたらめなところやあいまいなところはありま せん。全て、調律のしかたとして文献に残っている方法を数学的に再現してみたらこう なった、というものです。すべて理論的なものなのです。 ◇「ウェル・テンパード音律」の音楽的な意味  この「キルンベルガーの第3法」の場合、「どこかに特定の悪い響き」というものが ありません。全体として、音楽が次々に転調していっても、突然に協和度が悪化してし まうことがないのです。そしてもっと重要なのは、「調性の性格」という、音楽的な主 張を持った音律であるところです。ここからはかなり微妙な話になりますが、耳のいい 人ならば、MIDIキーボードで弾いて確認してみてください。  たとえば、[C]を基調とします。これは、楽譜がどの「調号」でスタートするか、 ということに対応します。もし、全部の楽器がD(ニ長調)を基調とするのであれば、 音源の音律設定として、基調の「基準位置の設定」のところをDに設定して演奏する必 要があります。このグラフから明らかですが、この音律では、基調のCメジャーの和 音はもちろん、ドミナントとサブドミナントの和音についても、かなり良好な響きを持 っています(11時から1時までのグラフの半径が小さいでしょう)。  さて、音楽が進んでいって、たとえば「属調への転調」を3回繰り返していって、ト 長調、ニ長調、イ長調へと転調していったとします。この音律では、最初のハ長調より も、それぞれの調性での主要3和音を調べてみると、少しずつ少しずつ、協和度が悪く なっていきます。ただし、これまでの音律のように、音楽が駄目になるほどの悪化では ありません。耳にのいい音楽家であれば、最初の純正な響きに比べて濁りが増えてくる ために、どことなく落ちつかない気分、あるいは緊張感の高まるのを感じます。  ここでの属調転調3回(五度円での90度の回転)というのは、たとえば基調のハ長調 での「並行短3和音」のAmoll(Aマイナー)の「同主調」の、Adur(Aメジ ャー)の主和音になるところまできた、という、音楽の中ではかなりの「旅路」をして きたような距離になります。協和度も低下して、音楽の流れの中では、かなり不安定な 緊張の高まる部分となる場合が多いのです。  そして、バロック音楽や古典派の音楽であれば、ここから音楽の旅路は帰路につくこ とになります。今度は下属調の転調を繰り返したり、あるいは別の経路をとる場合もあ りますが、音楽の最終段階では、たいていの場合、最初の基調に戻ります。フィナーレ というわけです。この時、和音の響きは最初の純正な響きに戻ります。演奏している音 楽家自身がいちばん実感するのですが、「再びここに帰ってきた!」という喜びととも に、音楽は感激的な終結をみる、ということになります。  このように、ウェル・テンパード音律というのは、12等分平均律では消えてしまった 「調性の性格」を実現するためには、どうしても必要な音律だったのです。バッハの時 代の音楽家、楽器製作者、調律家が、それぞれ種々の音律を考案しては音楽に応用して いたと言われています。そして、この音律はそのまま12等分平均律に変化したわけでは なかったようです。音律の設定方法としてやや機械的な方法をとったと言われる、 [NO.29] Gottfried ( 1/6 Syntonic Comma ) [NO.30] Gottfried ( 1/6 Pythagorean Comma ) のような音律などいろいろなものが研究され、ついに楽器の工業生産システムのために 12等分平均律の全盛時代になるまでに、なんと200年もかかったのです。 ◇オリジナル音律の追求へ  さて、音律特性グラフという武器とともに、いろいろと音律について考えてきました が、これでもう8合目を越えて、胸つき八丁の9合目に近づいてきました。ここからは もう、皆さん一人一人の世界です。「オリジナル音律」に挑戦しましょう。  一つの例として、LucyTuning Codesという音律を紹介してみましょう。作者の Charles Lucyという人は、LucyScaleDevelopmentsというところの所属だそうで、 いつも新しいチューニングを研究開発しているのでしょうか。この音律を紹介した 記事によると、"harmonically enhance" musicのためのシステム、ということで、 「ハーモニー感」をより強調した音律をMIDIで作れるよ、というもののようです。 このシステムは12音体系ではありません。というか、C#とDbとは別の音に チューニングしますから、1オクターブに21種類の音程を定義します。 (1つの音程が2通りに表現できますが、黒鍵に挟まれたDGAだけは  1通りですから、12*2-3=21です。CはCとB#で2通りです。) それぞれのピッチをセントデータと、MIDIのピッチベンド幅(64分割)で 表現しています。たとえば、 A# = A#/Bb -20/64ths or b by 31.550 conts Bb = A#/Bb +14/64ths or # by 22.535 cents B = B -6/64ths or b by 9.014 cents Cb = B +29/64ths or # by 45.014 conts .....という風に、基準のAを除く20個の音程データが投稿されています。  筆者がアッと驚いたのは、その計算式です。なんと「π」を使っています。 これはなかなか盲点でした。(^_^;) 2つの量として、Lとsをまず定義します。 L = 2^(1/(2*pi)) = 1.11633 or 190.9858 cents s = (2/(2^(1/(2*pi)))^5)^(1/2) = 1.073344 or 122.5354 cents そして、オクターブを 5L+2s 、完全4度を 3L+s 、完全度を 4L+s として 定義して、異名同音のシャープ系は完全5度で生成し、フラット系は 完全4度で生成する、というわけです。 音律の五度円で、完全にこの音程で右回りと左回りでそれぞれ一周するのです。 ...なんか騙されたような眉つばのような、不思議な気分です。(^_^;)  音律というのは、決してでたらめに作って自己満足するものではありません。 求めているのは、音楽の深淵に潜む「協和」という魔物です。音楽の語法が拡大 すると、どうしてもどこかで理論的に破綻してしまう、その和声理論と音体系 との擦り合せのために、何百種類もの音律が、数百年にわたって考案され、 今でも検討されているのです。まだまだ、新しい音律と、それに基づく新しい 音楽の可能性はあるのです。(^_^)