ICMC(コンピュータ音楽国際会議)'92
参加レポート
長嶋洋一



■音楽と計算機科学の両方をカバーするICMCの参加者たち

コンピュータと音楽に関する広範な領域の音楽家・研究者・技術者の国際組織
である
ICMA(International Computer Music Association)
が毎年開催する
ICMC(International Computer Music Conference)
に、前回のモントリオールに
続いて、今回は研究発表とセッション座長を依頼されて参加することができた。

1974年以来、従来はアメリカとヨーロッパがほぼ交互に開催してきたこの会議は、
今回はICMA発祥の地である米国シリコンバレーのサンノゼ州立大学をホストとして
開催された。そしていよいよ1993年9月には初めて欧米を離れて、日本(東京・
早稲田大)で開催されることになっており、スタッフの準備が日々進んでいる。

ICMCの特色としては、コンピュータ音楽の作品発表であるコンサートセッションと、
関連したソフトウェア・システム・理論などのペーパー(研究発表)セッションが
同等に位置しているところにあり、研究発表のパラレルセッションはあっても、
コンサートセッションの時間帯は確実に全参加者が出席できるように運営される
ところに、一般の国際会議と異なるポリシーを見ることができる。すなわち、
情報処理・計算機科学の技術だけでは「音楽」たり得ない、あくまで音楽作品の
場においてその技術的アプローチを評価すべきである、という明確な姿勢がある。
事実、欧米のコンピュータミュージック領域の著名人から学生まで多くの参加者
と接してみると、たとえば音楽大学を卒業後に計算機科学の大学院を修了(あるいは
この逆のパターン)など、本格的な音楽とコンピュータ技術の両方をベースに
した、地に足のついた音楽家・研究者が非常に多かった。

ICMCの研究発表の中には、共通のテーマにまとまったペーパーセッション、小部屋
に分かれて質疑討論するポスターセッション、機材実演を中心としたデモン
ストレーション、特定テーマでのパネルディスカッション、基調講演、チュート
リアルワークショップなどがあり、MIDIの世界で「何でもできる」ソフトのMAXや、
後述するISPW(IRCAM Signal Processing Workstation)のセッションなどは満員の
大盛況となっていた。

ICMCのペーパーと音楽作品は世界的に募集され、ICMAが中心となる選定委員会に
よって国際審査されて通過したものが発表される。国内の技術系の学会などと
違って、音楽作品で5-6倍、ペーパーで3倍程度の応募があるために、ICMCでの発表
はその時点での一定の水準として評価され、作品のCDとかProceedingsは、多くの
機会・研究論文等で紹介・参照されている。

■ICMC92の概略報告

今回のICMC92の内容の概略を紹介すると、4つのチュートリアルワークショップ、
8回のコンサート(演奏曲数52曲)、24回のペーパーセッション(発表件数95)、
42件のポスターセッション、17件のデモンストレーション、3種類のパネル
セッション、4件のスペシャルデモンストレーション、さらに屋外などで3件の
インスタレーション作品発表、という盛りだくさんなものとなった。

全期間の参加者は約350名(ここに当日参加者が加わる)、さらに今回は日本から
従来にない多くの研究発表者が参加した。ICMC93のサポートも担当している
JMACS(音楽情報科学研究会)メンバーの発表者数名と、ICMC93のPRを兼ねて一般
参加者を含めた十数名の日本人の参加は、次回に向けたステップとして
大きく評価されたようである。

私自身は、前回(中村滋延氏の発表作品のためのシステム製作者として参加)は
時差に影響されたために、今回は努めて時差調整をして全コンサートに参加
するとともに、ペーパーセッションでも多くの収穫をあげることができた。
また、近郊にあるスタンフォード大学のコンピュータ音楽研究のメッカである
CCRMA(Center for Computer Research in Music and Acoustics)の研究所公開と、
CCRMAが主催したコンピュータ音楽の野外コンサート(Digital Music Under the
Stars)にも参加することができた。コンピュータ音響の現代音楽を野外劇場で
一般に開放し、近郊の多くの聴衆がピクニック気分で集まってくる風景は、
日本ではまだ望めそうもない楽しいものであった(かなり寒かったけれども)。

今回のICMCコンサートセッションで作品発表した日本人は、クリヤマカズキ氏、
タケナカヤスヒロ氏、タカオカアキラ氏(ニューヨーク在住)、キムラマリ氏
(ニューヨーク在住)の4名、そして前年のICMAアワードを授賞した莱孝之氏の
新作《Three Inventions》が最終夜のコンサートのトリとして発表された。
なお、今回のICMAアワードはコート・リッペ氏(フランス)が授賞し、次のICMC
に新作が委嘱されることとなった。

■コンピュータ技術の進展と音楽との関係

コンピュータ技術の進歩は、それまで不可能であったことを実現する
「魔法の箱」として、つねに音楽家に一種のプレッシャをかけ続けてきた。
テープ音楽のために膨大な時間と手間をかけて作品を作り上げてきた作曲家に
とって、街の楽器屋で売っているサンプラーがいとも簡単にその作業を代行
してしまった現実。
MIDIシーケンサーと電子楽器を使えば、実際のオーケストラでは不可能に近い
数百パートのアンサンブルが容易に演奏でき、細部を微調整して気のすむまで
何度でも再現できる現実。
MIDI自動演奏ピアノの上にノート版のマッキントッシュを置いてMAXを走らせれば、
1本の指で自在に超絶技巧のピアノ音楽を創造できてしまう作曲・演奏環境。

そしてコンピュータ技術に支えられた最近のトレンドは、明確に「音」そのものに
向けられてきている。かつては電子合成音が目新しく、次いでFMシンセサイザ
の特異な音響が注目され、やがて自然音のサンプリングへと回帰した「音」の
追求の流れは、ここにきてSignal Processing(リアルタイムの音響加工)に
向かっているようである。

これは技術的にも明確な進化である。従来は専用LSIを開発できる電子楽器
メーカだけが主導権を持っていたものの、ディジタル信号処理(DSP)チップの
普及によって、コンピュータメーカが音響合成の分野に進出してきた。これが
さらに進むところは、ハードウェアでなくソフトウェアで楽音合成を全て行う
(RISC)技術であり、それを最初に具体化したのが、IRCAMで開発されたISPWである。
NeXTコンピュータに挿入する信号処理ボードとソフトウェアからなるこの
システムは、従来のハードウェアによる制約から開放された、音楽家にとって
自由な音響合成と自由な音響処理を提供している。

コンピュータ音楽の一つのジャンルであるAlgorithmic Compositionは、
まず最初にミニコンでリアルタイム化された。あらかじめ「計算」したもの
でなく、演奏する際に「作曲」されていく作品の登場である。
これに次いで、MIDIを使ったPerformanceの部分がリアルタイム化された。
パソコンの性能向上によって、演奏者とインタラクティブに、かつリアルタイム
にシステムが応答するようになってきた。

そしてついに、システムが「生成する音」、あるいはシステムがリアルタイムに
「音を処理する」部分が音楽家の手に渡ってきたのである。これまでの専門家
が修得してきたディジタル信号処理技術はブラックボックスの中に入って
しまった。ソフトMAXのように、コンピュータの画面上で箱と箱をつなげば、楽器
メーカが秘伝としてきた高度な信号処理をデスクトップで実現できるのである。

そして今、技術サイドの研究発表の目標の多くは、「統合システム」に向けられて
いる。
ここでは、作曲アルゴリズム、音楽の階層的時間構造、演奏時のリアルタイム
制御、演奏者からのコントロールとインタラクティブ性、そしてリアルタイム
に音響合成・音響処理してしまう、まさに作曲家の理想的な「パートナー」
を指向している。コンピュータ技術の進展が、ようやくこの数十年来の夢を
実現しようとしているのである。

■音楽作品とコンピュータ利用との関係

ICMCはコンピュータ音楽の歴史をそのまま背負ってきており、いわゆる現代音楽
・実験音楽の領域にあたる。ただし通常の現代音楽コンサートとは違い、
コンピュータ/システム/ソフトウェア/情報理論などの影響がより強い領域の
作品が重視される、という独特の傾向がある。このために、音楽的・芸術的な
一般的評価とはやや異なる場合もあることは否定できない。

かつてコンピュータ音楽といえば、大型計算機による演算結果を「テープ音楽」
として聴くものばかりだったのが、パソコンやWSの発展によって、
高度な情報処理をリアルタイムに演奏する作品が主流となってきた。
ここではコンピュータが担当するパートに合わせて演奏者が独奏(という名の協奏)
する形態から、独奏者の演奏をシステムがリアルタイムにセンシングして
ダイナミックに変化する、インタラクティブな音楽へと重点を移しつつある。
今回のICMCでは、音楽セッションの応募作品の中から選ばれて記念CDが製作された
が、この収録作品を例にとって、具体的な音楽作品の実現手法を紹介しよう。

ブルーノ・デガジオ(カナダ)の《On Grouth and Form》は、セル・オートマトンと
フラクタルの原理を使って、次第に「音楽的カオス」のクライマックスに向かう
エネルギーあふれた作品で、Violin・Flute・Clarinet・Saxophone・Trombone・
E.Bass・Piano・Percussion・Synthesizer奏者の熱演がこれを支えた。

木村真理の《"U"(The Cormorant)》は、バイオリン奏者でもある作曲者本人と
コンピュータによるインタラクティブな作品で、バイオリンの音響をISPWが
リアルタイムに認識して、シンセサイザパートを駆動するパソコンを制御した。
独奏のレベルとともに高く評価された作品の一つである。

エリック・チャサロー(アメリカ)の《This Way Out》はいわゆるテープ音楽
の形態の作品で、アメリカらしくジャズやロックのフィーリングをドラムスの
音響によって構成した、やや異質な非常に聴き易い(?)音楽だった。

ロベルト・モラレス(メキシコ)の《Nahual 2》は、ICMCには珍しく審査員の
大部分が絶賛したという噂の作品で、メキシコの民族楽器であるChamula Harp
(日本の三味線などとニュアンスが近い?)を、コンピュータ音響とともに作曲者
自身が演奏した。

ザック・セットル(フランス)の《Hok Pwah(excerpts)》は、歌手の「声」と
パーカッションの「音」をリアルタイムにISPWがプロセッシング(信号処理)
するスタイルの作品で、同様にISPWをリアルタイム処理の道具(楽器)として
活用した作品が他にもいくつか発表された。

ジャン・クロード・リセ(フランス)の《Echo for John Pierce》もテープ作品で、
音響素材をスタジオで加工して構成した古典的手法のコンピュータ音楽で
あったが、何故か音質があまり良好でないのが残念であった。ISPWなどの現在の
能力の限界なのか、全体に今回のICMCの作品の音響は「丸い」「おとなしい」
印象を受けた。

ジョンティ・ハリスン(イギリス)の《...et ainsi de suite...》もテープ音楽で、
音響素材を信号処理してミュージック・コンクレートの手法で構成した長大な
作品である。ステージ上がただ暗転しているだけのテープ作品の場合、演奏者が
コンピュータ音響とともにリアルタイムに躍動する音楽に比べて、これほどに
聴衆の集中を持続させるのが困難であるのか...などと考えさせられた。

■コンピュータ音楽の新たな地平に向かって

まさかICMCの世界でまで、音楽が「ソフト&マイルド」を志向している、
などとは思いたくないが、前回と比べるとだいぶ一般受けしやすい作品が
多かったのと、それほど感銘を受ける傑作がなかったように感じた。
ISPWやMAXという、先人には望んでも手に入れられなかった強力なツール
/環境が整ってきたのは素晴らしいことだが、道具に溺れて自分の「音楽」を
見失わないようにするのは、このあまりに魅力的な道具を前にしては、
かえって至難の技なのかもしれない。コンピュータ音楽の世界に技術がようやく
追従してきた現在が、新たな出発点とも言えるのであろう。

そして、今度は東京・早稲田大学(橋本・大照研究室)をホストとして、
ICMC93には世界中の音楽家・研究者が訪日してくる。我々はアジアで初めて開催
されるこのICMCのテーマを、
Opening a New Horizon
と提示した。東と西とが、互いに知り合い交流し合う、そしてある意味で井戸の
中にあった日本のコンピュータ音楽の状況にも新風を吹き込む機会としたい、
という願いが込められている。
日本の物価を心配しつつも、会議参加者へのPRの反応は上々であった。
音楽にもテクノロジーにも敏感で貪欲で、すこぶる明るくてパワフルな彼らが
大挙してやってくる。この機会を千載一隅のチャンスととらえて、日本の
コンピュータ音楽の飛躍のジャンプ台にしたいものである。