「トランプ関税」で米国が支払う重いツケ…国債は「投げ売り」状態、「暗殺」も許容しかねない国民感情 「憎悪の政治」で“分断”が加速する 金融市場で「米国売り」の圧力  金融市場で「米国売り」の圧力が強まっている。トランプ米政権の「朝令暮改」が災いして、世界の投資家が米国経済の不確実性への懸念を深めているからだ。  株安、ドル安に加えて債券安というトリプル安の展開となったため、トランプ氏は4月11日、発動直後の相互関税の一時停止を余儀なくされた。だが、この決定は遅きに失した感がある。その後も投資家は引き続き米国資産を敬遠し、日本や欧州などの市場を選好している。  中でも深刻なのは米国債市場だ。29兆ドル(約4200兆円)の規模を誇る米国債は世界で最も安心な金融資産とみなされ、金融機関が短期資金を融通し合う際の担保になるなど世界の金融システムを支えてきた。  2001年の同時多発テロや2008年の金融危機の際でも買われた米国債が、突如リスク資産と化し、半ば「投げ売り」状態となっている。  1990年代後半からグローバル経済を牽引し、ドル高政策を掲げて世界のマネーを集めて高成長を遂げてきた米国政府が「手のひら返し」をしたのだから、世界の投資家がパニックに陥ったのは当然だろう。 トランプ氏が取った「最悪の行動」  自由貿易の名の下に、米国が世界からの輸入に過度に依存する世界経済システムは、米国内で極端な格差を生み出し、持続可能ではなくなっている。米国政府がこの歪みの是正に向かうのは合理的だとの指摘があるが、問題はそのやり方だ。  トランプ氏が尊敬するセオドア・ルーズベルト大統領は海外との交渉について「大きな棒を持って穏やかに話せ」という方針を示していた。  現在の米国は当時と同様、世界最大の経済大国であり、技術革新の担い手だ。当時と異なり、基軸通貨の発行国の地位も得ており、その棒ははるかに大きくなっている。穏やかに話すというのは、自らの力を賢く使うということであり、棒をやたらに振り回してはならないということだ。  保護主義的な政策は他国、特に友好国と協調して賢明かつ慎重に実施しなければ成果は得られない。だが、トランプ氏は大声で不器用に話し、強大化した棒を敵味方の区別なく振り下ろすという最悪の行動に出てしまった。 世界各地で高まる反米感情  トランプ関税のツケは甚大であり、経済の枠を超えて悪影響をもたらす可能性がある。破壊的で保護主義的な政策は、弱い立場にある貿易相手国を「軍事的な征服」なしに従属させることができる帝国主義の一形態だからだ。  米国の著名な投資家バフェット氏が「関税はすぐに血を流すことはないかもしれないが、間違いなく報復を招く侵略(戦争)行為だ」と警告を発したように、世界各地で反米感情が高まることが危惧されている。  米金融業界の首脳はトランプ関税がもたらす反米感情から世界各地の顧客がボイコットを起こすのではないかと肝を冷やしている(4月9日付ロイター)。  この影響が既に出ているのは観光業界だ。  米国政府によれば、3月の海外からの旅行者数は前年比11.6%減少した。中でもメキシコからの航空便での渡航者数は23%と減少の幅が大きい。カナダからの米国への旅行者数も、今年は大幅に減少することが確実視されている。  欧州でもこの傾向が見られる。米CNNは11日「友人が殴りかかってきたようなものだ」と憤る親米フランス人の発言を伝えた。  米国のソフトパワーは地に落ちた感がある。 リベラル・エリートに対する強烈な憎悪  トランプ関税が米国の分断をさらに進めるリスクも見逃せない。  ロイターが9日に公表した調査結果によれば、回答者の57%がトランプ氏の相互関税に反対しているのに対して、トランプ支持者は足元の物価上昇を気にすることなく「反対側にたどり着くには、時に火の中を歩かなければならないことがある」との構えだ(4月8日付BBC)。  米国内で持つ者と持たざる者の間の対立の構図が鮮明になる中、トランプ政権の関税政策の目的は富裕層主体で肥大化してきた株式市場を罰することだとの見方もある(4月8日付ブルームバーグ)。  気がかりなのは、取り残された人々への配慮よりも、リベラル・エリートに対する強烈な憎悪によってトランプ政権がつき動かされていることだ。その典型が『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社)を執筆したバンス副大統領だろう。バンス氏は「基軸通貨ドルの存在が米国の国内産業の復活を妨げている」と述べ、ウォール街を痛烈に批判している。  だが、ルサンチマンの政治は憎悪が憎悪を生み、米国の内部崩壊を加速させるだけだ。 新たな精神疾患「TDS」とは  トランプ政権誕生後、米国で新たな精神疾患が生まれたようだ。  トランプ氏に対する病的な批判を「トランプ錯乱症候群(TDS)」という精神疾患と定義する法案が3月中旬、ミネソタ州議会に提出された。法案を提出した共和党議員は「TDSは危険であり、トランプ支持者への暴力行為が起きる」と危機感を露わにしている。  背筋が寒くなるような世論調査結果も出ている。  米ネットワーク感染研究所(NCRI)が9日に公表した調査結果によれば、左派に属する米国人の55%が「トランプ氏の暗殺は受け入れられる」と回答した。  トランプ政権を巡る情勢はこのように波乱含みだ。今後も細心の関心を払うべきだろう。 藤和彦 経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。 デイリー新潮編集部