著作権フリーBGMのための新提案
--- FMC3からの発展 ---

長嶋洋一

SUAC/ASL


1. はじめに

「誰でも手軽に作品系FLASHコンテンツの音楽パートを自動生成するシステム」[1-6]として開発した 「FMC3」(Free Music Clip for Creative Common : 発音は「えふ・えむ・しーきゅーぶ」) から発展した新しい提案として、著作権の心配が不要なフリーBGMの生成システム/手法について検討した。 FMC3では既存の楽曲情報を使用せず、36進100文字のパラメータのみからアルゴリズム作曲を行うが、 この手法により著作権の不要な「リアルタイム作曲」BGMを生成する応用の可能性を示した。

2. FMC3と著作権との関係

FMC3[1-6]では、図1のような構成で音楽クリップを生成している。 ここでは「Drum'n Bass」のイメージを軸に、 ドラムとともに音楽クリップの基幹となるベースパートの「スケール」 (個々の時間における音高方向の離散的な配置情報)によって、基本的なフレーズを生成する。 過去の自動作曲システム研究の失敗例の原因の多くは、 調性音楽における作曲をフレーズ(メロディー)生成から始め、 それも単純/安易にメロディーの前後の音程関係などの情報を マルコフchain/遺伝アルゴリズム/ニューラルネットなどに持込む、という点にあったと考え、 コードを構成する重要なノートとリズム的に重要なタイミング(ビート)に対するシステムのpriorityを重視して、 そこから低い発生頻度での逸脱を許可(テンションノートとして許容される)しつつ、 時間的関係性により配置する生成アルゴリズムを実装した。


図1 FMC3の構成

ところで著作権法[7]第一章第一節(目的)第一条によれば、 「この法律は、著作物…に関し著作者の権利…を定め、…もつて文化の発展に寄与することを目的とする」とある。 一方、FMC3(音楽クリップ)を自動生成するのはプログラムなので、 FMC3には「著作者=音楽著作権者」が存在しない、という事になる。 従って、この生成プログラムの生み出すFMC3は、MIDIデータ[8]やMP3データの形態だけを見ると、 交響曲やオペラやジャズのアドリブや着メロやカラオケなど、 人間の作曲家/編曲家/演奏家が作り出した音楽著作物と似ているが、本質的に、 著作権法の対象となり得ない。 資料「FMC3パラメータ解説とFMC3生成アルゴリズム詳解」[1]にあるように、 その生成プログラムは、内部に音楽クリップの材料となるような楽曲情報/演奏情報のデータベースを持たず、 全てアルゴリズムでリアルタイム生成するクリーンな構造となっているので、 過去に多かった「既存の著作物である楽曲データを切り貼り・組み合わせて楽曲を生成する」 タイプの「自動作曲ソフト」のような著作権的な心配もまったく不要である。

3. FMC3と「お手軽BGM」

もともとFMC3開発の目標は、IT時代の色々なコンテンツ、 特にShort MovieやFLASH等の作品系マルチメディアコンテンツを制作する際に必須となる 「背景音楽(BGM)パート」として、著作権について心配なく、 お手軽に「使える音楽データ」を自動生成するシステムを開発することであった。 これは短期的にはクリエイター(とその卵)のためのシステムであるが、 2年後には到来する「クリエイション(作品創造)の大衆化」という時代的要請を視野に入れたものである。 そこで自動生成アルゴリズムを採用し、本質的に既存の楽曲情報を利用せず、 さらに楽曲生成の特徴情報を圧縮してインターネット検索できる手法を、システムの一部とした。 非常に軽い「100文字の36進データからなるFMC3パラメータ」 はplain textファイルとしてメイル交換やデータベース参照にも有効である。 主役として単独で聴取鑑賞する「音楽」でなく、ビジュアル、 あるいはダイナミックな動きと同期することで存在意義を持つBGMである。

4. FMC3によるBGM自動生成の組み込み

このようなFMC3の開発を進めていく中で、 本来の「メディアコンテンツのサウンドパート」だけでない可能性が提起されてきた。 例えば自動車や店舗などでのBGMというのは、 音楽そのものは主役として集中して聴取鑑賞されるものではないが、 ドライビングやショッピングに対する脇役として、その付加価値の意義は非常に重要である。 現在のBGMは有線放送/CD/データ配信など既存の楽曲を著作権処理(経済的負担)して「再生」しているが、 ある意味で「無音の静寂でない垂れ流し音楽で、快適であれば十分」というビジネス領域は広範に存在する。

その一方で、単体のコンピュータのような規模でなくとも、 あらゆる電子情報機器には組み込みCPUが搭載され、インターネットの時代となってIP対応、 OS組み込みも標準になりつつある。 携帯電話のCPUがFLASHプレイヤーを実装する時代となり、 サウンドについてもMP3のデコード再生やMIDIファイルからのソフトウェア合成は容易な環境となった。 そこで、これまでの「音楽演奏情報(音楽著作物)の再生」から踏み出して、 FMC3によるリアルタイム音楽生成(自動作曲)アルゴリズムを、 組み込みCPUのプログラムとして実現する可能性を提案したい。

ここでは、あくまで既存の楽曲情報(音楽著作権の存在する著作物)の切り貼りや再生ではなく、 コンピュータのアルゴリズムによって、リアルタイムにその場で音楽を「生成」することが重要である。 著作物を再生すればJASRACであるが、それまで存在していない音楽をその場で生成し、 さらにそのデータを記録保存することもなく消費する(消え去る)とすれば、 ここに著作権や課金などは存在し得ない。 いくら聞いても使っても無料のBGM という事になる。

5. FMC3アルゴリズムの組み込みと実装

図1にあるように、FMC3システムでは、 リアルタイム生成といっても実際には4段階のパスによって自動作曲/音楽クリップ生成を進めている。 すなわち、
	(1)マニュアルおよびランダムによるFMC3パラメータの生成
	(2)FMC3パラメータのデコードによるリアルタイム生成エンジン用データ準備
	(3)リアルタイム生成を内部バスにMIDI出力してソフトウェア音源で音響生成
	(4)内部バスのMIDI情報を入力してシーケンスオブジェクトでリアルタイム記録
である。本提案では(4)のプロセスは不要(聞き流し垂れ流しOK)である。

組み込みCPUの余力は刻々と増大しているものの、 これらの処理は一般の音楽そのもののアルゴリズム作曲の領域ではまだまだ困難と思われるが、 パラメータを極限まで圧縮したFMC3では実現の可能性はかなり期待できるものと考える。 ここでは、その実装のための手法について、 上記(1)から(3)までの項目について整理検討する。

5-1. FMC3パラメータの生成

最初のステップの「マニュアルおよびランダムによるFMC3パラメータの生成」には、 ケータイの着メロと同様に「plain textファイルでのパラメータ入手」という可能性も含まれる。 FMC3バージョン1では「8ビート」「シャッフル」「16ビート」の3種類からなる「スタイル」や、 これに関連した「テンポ」「パートごとの音色」等がマニュアル設定可能パラメータであり、 コード進行の決定やドラム/ベースのパターン/フレーズ等はランダム自動生成パラメータである。 このパスはリアルタイム要請が少ないので、実装上の問題は無い。

5-2. リアルタイム生成エンジン用データ準備

"Compose !"ボタンのクリックで起動されるFMC3パラメータのデコードによる リアルタイム生成エンジン用データ準備のステップは、 実際には110バイトのパラメータファイルの書き出しを入れても 2-3秒で次に進む処理である(MacOSX10.3.9 - 1.33GHzG4プロセッサでの例)。 ソースごと公開[1]しているこの部分のアルゴリズムは、 リアルタイム生成の処理効率を十分に考慮した内部構造となっているため、 本提案の実装にも有効であると考える。

5-3. MIDI出力→ソフトウェア音源での音響生成

最後のリアルタイム生成を内部バスにMIDI出力してソフトウェア音源で音響生成する部分は、 いわゆる「GMソフトウェアシンセサイザ」の有効活用がカギとなる。 組み込み機器においては、 楽器メーカ等の提供する内蔵音源DSPと組み込みCPUのファームウェアとの連携がカギとなる。 そのままでは従来のMP3やMIDI再生のように先読み処理が出来ないが、 BGMではインタラクティブ性は不問なので、 時間的なバッファをシステムとして用意することで音質向上に寄与できる余地は大きく、 実装においてはこの部分の検討がもっとも重要であると考えている。

6. おわりに

本稿では、FMC3システムを組み込み機器のBGM生成エンジンとすることで、 著作権についてまったく自由に、無料でBGMを享受できるシステム構想について検討した。 今後、組み込み技術の発展とリンクした、 具体的なビジネス展開の応用可能性についても検討していきたい。

謝辞

本発表のベースとなったFMC3の開発は、独立行政法人 情報処理推進機構(IPA) 2005年度上期未踏ソフトウェア創造事業 (竹林PM) に採択・助成され行いました。ここに感謝の意を表します。

参考リンク