丑の刻参りのしかた(伝統様式)

【用意するもの】
 ・藁人形
 ・五寸釘
 ・金槌

【服装 その他の準備】
 ・白い着物に白い帯
 ・白い鼻緒の1本足の高下駄を履く
 ・腰に1反(約10m)の白い木綿の布を巻きつけ垂らす
 ・適度に乱した髪
 ・白粉を顔にぬる
 ・口紅を濃くぬる
 ・お歯黒(鉄奬)をする
 ・櫛を口にくわえる
 ・鬼胡桃の実で作った数珠を持つ
 ・胸に丸鏡を提げる
 ・鉄輪(五徳)を逆さにして冠に戴く
 ・鉄輪の脚に熊野蝋燭を3本たてる

【藁人形のつくりかた】
1 適当な丈の藁の束をふたつ作る ※この時呪う相手の体毛を編み込むと効果的である
2 軸にする束にもう一方を通すように 十字に交差させる
3 クロスした三方の端と 交差部分を 紐で縛り固定する
4 残りの一方を脚に見立てて二股にし 紐で固定する
5 呪う相手の名前を記した紙をつけたら できあがり

【実践】
 準備がすべて整ったら、あとは丑三つ時(午前1時〜3時)を待って出かけよう。
 神社の御神木(或いは大鳥居)に、憎むべき相手を象った藁人形を据えて、憎しみを込めて五寸釘を打ち込む。これを七日間人に見られる事なく続けること。
 呪いが聞き届けられた場合、七日目に帰る道すがら、黒い大きな牛に出会う。行く手を阻むこの牛を乗り越えた時点で、呪が発動する!

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 現在確認されている最も古い呪術は、ネアンデルタ−ル人が行ったとされる狩猟の為の儀式といわれている。彼らは熊の頭骨をならべ、より多くの獲物を獲得できるようにと祈ったのだろう。人形を作って呪術の対象とする行為は、土偶や埴輪にその起源を求める事ができる。

 呪術において、間違いは一切許されない。仕損じるということは、殺したい相手をみすみす生き長らえさせるだけでなく、自らに跳ね返り災いするという大きなリスクを負う。人を呪う行為が如何程の行為か重々理解し、相応の覚悟で臨まなけらばならない。
 逆にいえば、完璧に遂行された丑の刻参りは確実に成功する、のである。
 元来、丑の刻参りとは、人が生きながらにして鬼になる方法であった。この作法を完璧にこなせる者がいるとしたら、それはもはや人ではなく鬼なった証だろう。人外の者になる覚悟が出来たら、さっそく実行してみよう。

 鐵輪(かなわ)とは火鉢の中に置く五徳(ごとく)のことである。鉄製の輪に3本の脚がついたもので、かつて一般家庭でヤカンなどを乗せて用いた。五徳とは儒家の温・良・恭・倹・譲、兵家の智・信・仁・勇・厳、比丘の怖魔・乞士・浄戒・浄命・破悪である。この五つの徳をひっくり返して頭にのせるのだから、丑の刻参りが邪法である事は明らかである。
 神社選びは慎重にされたい。この参詣は、始めたら七日間続けなければならない。そして人に見られてはいけないので、都心の神社での実行はまず無理だ。そして自宅から白装束を着て誰にも目撃されずに神社まで到達できるとは思えないので、やはり暗い神社の境内で着替える事になるだろうか。忘れ物のないように注意しよう。
 腰に垂らした布は地面につけてはならないとされる。端が地面につかないくらいの速さで走らなければならない。一本足の高下駄で、口に櫛をくわえて、顔面に熱いロウが垂れるのも構わず、走って走って走る…。気力も体力もみなぎらせて、万全の体勢で臨みたいものである。

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さむしろに衣片敷き今宵もや われを待つらん宇治の橋姫  『古今集』

橋姫のかたしき衣さむしろに 待つ夜むなしき宇治のあけぼの  『新古今和歌集』

網代木にいさよふ波の音ふけて ひとりや寝ぬる宇治のはし姫  『新古今和歌集』

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・ルーツ
 貴船明神に心願成就の御利益があったところに起因する。貴船神社の祭神タカオカミノカミは丑の年丑の月丑の日丑の刻に貴船山中の鏡岩にたくさんの神々を従えて降臨したと古事に伝えられている。
 貴船神社は創建年代が明らかではないが、桓武天皇が鬼門封じの為に造った神社のひとつといわれている。一説には絵馬発祥の神社ともいわれ、かつては憎い相手を呪うだけでなく、願掛け全般に御利益アリとされていた。とはいっても呪詛神としての信仰は平安時代には既にあったようだ。鎌倉時代に『橋姫』が、室町時代に能楽『鐵輪(かなわ)』が成立することにより、その強力なイメージが印象づけられ、祟る神、呪い成就の神社としての認識が今日まで続いているのである。

 陰陽道では、丑の刻(午前1時〜3時)を艮(うしとら)、この方位を鬼門として忌み、この刻に鬼が現れたり人が鬼に変貌するとして、人々に恐れられていた。主祭神タカオカミノカミの降臨と密接な関係があるのはいうまでもない。

 この段階では未だ藁人形を五寸釘で打ち込むスタイルは出来上がっていない。奈良時代、呪禁道に人形祈祷を取り込んだ「呪釘」が民衆に流布していた。寺社仏閣、仏像に釘を打ち込むことで、神仏を痛めつけて呪詛する。この「呪釘」が後に五寸釘へと変化していったという説がある。また、人形(かたしろ)を用いての丑の刻参りが始まったのは、陰陽道がさかんであった平安時代頃ではないかと推測されているが、必須アイテムとして定着したのはもうしばらく後になってからの事で、今日伝えられる一般的な丑の刻参りの作法が完成したのは江戸時代だとされている。
 
・モデル
 丑の刻参りの原形とされるのが橋姫伝説である。橋姫は実在しない。橋姫はもともと橋に棲む神霊だったが、『屋台本平家物語』(俗にいう「裏・平家物語」)に『宇治の橋姫』が登場して以来、いつのまにか嫉妬に狂い鬼と化した女性ということになってしまった。

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謡曲『鐵輪』

…鐵輪の三つの足に 松明を立てて頭に戴き 顔には赤き丹を塗り 身には赤き衣を召し 怒る心をお持ちあれ…謡曲『鐵輪』(謡曲大観) 

 下京あたりに住むある男が妻をを捨て、後妻を迎えた。先妻は後妻を妬み、貴船の宮に参詣することにした。
 ある晩、貴船の社人は不思議な夢を見た。都から丑の刻参りしにやってくる女への神からの託宣であった。果たして女が現れたので、「…身に赤い布を纏い、顔に丹を塗り、頭に鐵輪を戴きその三つの足に火を燃し、心に怒りを持つならば、忽ち鬼となる事ができよう…」と夢の御告げを伝えた。女は人違いであろうといったが、社人がしかと汝への託宣だというので、女は不思議な感じがしたが、さっそく家に帰ると、夢想のごとく、いたしてみようと云いだした。そう云った傍から、色が変わっていった。
 一方、彼の男は先妻が鬼と化した悪夢に悩まされ、安倍晴明を訪ねた。晴明は一見して女の深い恨みと、今宵限りの命である事を判じ、茅の人形(かたしろ)に夫婦の名前を打ち込み、一心に祈祷を続けた。
 すると女の生霊が鬼となって現れた。鬼は祭壇の人形に向かって恨み言を述べ、後妻の人形をうち苛み、更に男をとっていこうとするが、祈祷により力及ばず、やがて消えていった。

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屋台本平家物語 劔巻 『宇治の橋姫』

…姿を改めて 宇治の河原へ行きて三十七日漬かれ 人なき所にたて篭りて 長なる髪をば五つに分け 五つの角にぞ造りける 顔には朱を指し 身には丹を塗り 鐵輪を戴きて 三つの足には松を燃し続松を拵えて 両方に火をつけて口にくわえつつ…『平家物語』(謡曲大観) 

 嵯峨天皇の御世、嫉妬深い公家の娘が、浮気して自分を捨てた男を呪うべく京の貴船神社に七日間篭った。
「願わくば生きながらに鬼に成し給へ。妬ましきと思はん女を取り殺さん」
と祈ったところ、
「鬼に成りたくば姿を改めて宇治の河瀬に行きて三十七日浸るべし」
と託宣があった。女はいわれた通り、長い髪を五つに分けて松やにで塗り固め角を造り、顔に朱を指し、身には丹を塗り、松明を口にくわえ、異様な風貌で夜更けの大和大路を南に走り去ったという。
 女は鬼に成り、妬ましく思う女の縁者、男の親類すべてを殺し本懐を遂げた。

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 強く念じたり、信じたりする事は、わたしたちの日常生活の中でも知らず知らず実践している「呪」である。わたしたちは、それが願望成就に有効であることを無意識下に知っているのだろう。
 人は、不安感が嵩じて強迫観念になると、自律神経の過剰な興奮を促しやがて変調を来たす。情報は大脳辺縁系(前葉体、想像力を司る)を通じて視床下部(内臓を司る)に伝えられ、甲状腺、胸腺肝臓髄質などのホルモンのバランスを乱す。これをマイナスプラシーボ効果という。「呪」とは科学的にいえば、マイナスプラシーボ効果の典型である。病は気から。強迫観念が強ければ、死に至る事もあるという。

 警察が「呪」に対して動いた事件があった。当時の新聞に拠ると。
 昭和29年A市にて、Tさん(女性)は、突然胸の痛みを訴えて倒れた。病院に運び込まれたが原因がまったく判らなかった。数日後、交際相手のYさんが「彼女は藁人形の呪いをかけられている」と警察に訴え出た。YさんはかつてHさんと交際していたが、Tさんと出会い、Hさんに別れ話を持ち出した。しかしHさんは別れようとせず、恋人を奪ったTさんを恨み、近所の神社で丑の刻参りをしたのだという。警察はHさんを脅迫容疑で逮捕した。Hさんの逮捕後、Tさんの身体は一瞬で回復したという。

 神社を訪れた人が、五寸釘を打たれた藁人形を発見。これにTさんの名前が書かれていたという噂が本人の耳にはいる。ちょっとしたことでも呪いのせいではないかと考えるようになり、神経質になる。Tさんの場合、やがてその不安が強迫観念となり、胸の痛みとなって発病したと考えられる。

 人に見られてはいけない丑の刻参りであるが、もしかしたら、人に見られた方が効果があるのではないだろうか。