(^_^) またまた沖縄に行きました (^_^)

2004年3月 長嶋洋一

前回の沖縄(2002年9月) から1年半ほど経ちました。この間に、 シカゴ(10月)、 ニューヨーク(2003年1月)、 モントリオール(5月)、 シンガポール(9月)、 ロサンゼルス(10月)、 と海外出張が続いたために、 ANA のマイレージが46000マイルほどになり、国内どこでも3回タダで行ける、 という状況になりました。 そこで、いよいよ目前に NIME04MAF2004 の迫った時期でしたが、ちょうど SUAC の1期生が卒業を迎えた2004年3月下旬に、元虎の技術造形学生(卒業生3人+2回生2人)と一緒に、 元気を充電するために、またまた沖縄に行ってきました。 僕はマイレージの無料航空券でツアコン(日程企画)を担当、学生はJTBパックツアーを利用しました。 4日間とは思えない「濃い」内容で、南部戦跡巡りに国際通りに離島遊覧に新しいネーネーズ、 と沖縄を満喫できました(^_^)。

いつもの一人旅ではなくて学生と一緒ということで、新幹線でなくJRの普通/快速列車で名古屋駅に行き、 そこからバスで名古屋空港に向かいました。浜松も名古屋も雨模様でした。

一人、浜松駅集合時刻にまだ下宿で寝ていて寝坊した某嬢(^_^;)も新幹線とタクシーで追いかけて、 無事に名古屋空港で学生5人が揃いました。

行きのフライト(303便)は月曜日ということもあってガラガラで、 全員がそれぞれ3人席に一人で窓際を独占する、という恵まれた環境でした。

空港に着いてみると、建設中だったモノレール「ゆいレール」が完成・稼動していて、 目の前にホテルのある牧志まで、さっそく快適な沖縄初のモノレール体験となりました。

空港に着くと電話があり、予約していた海中観光船は海が濁っているので欠航、ということでした。 そこで国際通りとモノレール牧志駅の交差点にある南西観光ホテルに荷物を預けると、 さっそく国際通りを端から端まで歩こう(お土産はここで発送)、という観光がスタートしました。

公設市場の付近でいったん自由行動してから再び集まり、沖縄・国際通りに来たからにはここに来なくては、 といううちなー居酒屋「じんじん」での夕食となりました。マスターもママさんも相変わらずでした。 ゴーヤチャンプルー、ソーミンチャンプルー、グルクンの唐揚げ、ラフテー、海ぶどう、豆腐養、etc、 そして古酒を堪能しました。

学生たちは満腹すると夜の国際通りに繰り出し、僕はいつものようにカウンターに移って、さらに泡盛を堪能しました。

翌日は 初めての沖縄 の時にも乗った、琉球バスの定期観光コース「南部戦跡巡り」に行きました。 やはり学生にとっても、沖縄はここからスタートだろう、という渾身のお勧めコースです。

最初に着いたのは、「旧海軍司令部壕」です。 ここは前回に来た時とは違って、道路からして綺麗になっていて、 新しく完成したビジターセンター(前回は建設中)がありました。 もちろん、外の景色と別世界の壕の内部は変わっていませんでした。 学生はそれぞれデジカメにカメラ付き携帯(一人は光学カメラも、もう一人はDVカメラも)、 と撮影体制ばりばりですが、多数の将兵が自決したり傷病死したこの壕内はいわば心霊ゾーンのど真ん中で、 何かヘンなものが写った??、という騒ぎもありました。何か写っていたらごめんなさい(^_^;)。

次は「琉球ガラス村」です。 前回はお土産売場のさらに先に美術館とかがあったのに気付かなかったのですが、 今回は十分に奥まで眺めて、さらに気に入ったものがあったのでお土産としました。

その次は「ひめゆりの塔」です。 観光コースとしてはひめゆりの塔の前に行っただけで食堂に戻って昼食です。 僕は前回と同様に昼食を速攻で済ませて、 改めて献花を買って捧げてから、ひめゆり祈念資料館にまた行きました。 記念館の中は撮影禁止なので何もありませんが、どうせここではちょっと写真三昧できません。 またまた深く染み入りました。合掌。

ひめゆりの次は摩文仁の丘の「沖縄平和祈念堂」です。 前回は美術館まででしたが、今回は平和祈念公園、そして平和の礎(いしじ)まで、 みっちりと見て回りました。 市民・将兵の区別なく、沖縄戦で死んでいった人々全ての名前の刻まれた平和の礎を前にして、 今も変わらず地球上で殺しあっている人類の宿業に思いを馳せました。

そしていよいよモードを切り替えて、「玉泉洞王国村(おきなわワールド)」です。

そして最後にバスは、お約束の「国際サンゴ加工所」に立ち寄ります。 ここは要するに提携売店なわけですが、学生の一部は記念にと何か買ったようで、 いいお客さんになりました。

これで2日目のメインの定期観光バスツアーは終了です。 この晩はあとはそれぞれ自由行動ということで、学生はそれぞれ国際通りや公設市場などに 繰り出したようですが、僕はホテルの部屋でNIME04関係のメイルなどを処理したあと、 国際通りを散策して、最後はいつものようにまたじんじんに行きました。 ところが、カウンターで隣の席に座ったおじさんが、実はマスターの釣りの師匠で、 今日の干潮に潜って捕ってきた、という新鮮な貝の差し入れをいただき、 さらにこのおじさんは店にあった三線を弾き出すと、民謡などを歌い始めました。 目の前、間近なライブにまたまた沖縄を堪能してしまいました(^_^)。

翌日は「終日それぞれ自由行動の日」と決めていました。 ネーネーズのライブのために晩に集合してバスで宜野湾に行く、ということです。 この晩、「じんじん」から帰った僕が9階の部屋でメイルをチェックすると、 8階の部屋の川崎さんからメイルが届いていて、卒業生3人は中部の沖縄市やアメリカ村に行くので、 宜野湾のライブハウス「島唄」に直行する、ということでした。

そして3日目、僕は 前回 と同じく、ケラマ諸島の座間味島に渡って海を眺める、と決めていました。 事前のミーティングでここに合流すると決めて予約していた2回生の二人と一緒に、 とまりんに歩いていき、「フェリーざまみ」で島に渡りました。

座間味島に付くと、ちらっと小雨がパラつくような曇り空でしたが、 やはりここはレンタサイクルだろう、と決めました。 前回に比べると、自転車が新しいものに変わっていました。 展望台に向かう途中で浜に下りてみました。 足下には「砂浜」はなくて、全てが珊瑚と珊瑚の粉でした。

そして前回と同じ展望台に行き、空と海を堪能しました。 途中から晴れ間も出てきて、そのたびに鮮やかに変化する色彩も素敵でした(^_^)。 学生はそれぞれ3台ずつ持ってきた映像機器を駆使して、いろいろに撮りました。

展望台の眺めを堪能したところで、再び浜に下りて、そこから学生2人は遠く離れたところで、 浅瀬を沖合いに歩いて行きました。ちょうど干潮時刻でした。 僕はただ、ぼーーっと海を眺めて、時間がまったりと流れました。

フェリーは15時で帰っていってしまいましたが、帰りは高速の「クイーンざまみ」を予約していたので、 余裕で帰途につきました。

とまりんからいったんホテルに戻り、潮風でゴワゴワになった髪を洗って出直し、 いよいよ最後の夜は、宜野湾にあるライブハウス「島唄」にバスで向かいました。 現地で残り3人と無事に合流して、以下は「新・新生ネーネーズ」のライブの模様です。 電話予約の段階で「中央の列のいちばん前」と、内部の事情に詳しい指定をしていたお陰で、 かぶりつきの最高の席でした。

あっという間に最終日、4日目になりました。 この日の午前中は首里城に行ったのですが、学生はパックツアーの「のりのりカード」を使うと市内バスが無料、 ということで、モノレールの僕とはそれぞれ別行動になりました。 前夜のダメージが大きかった僕は、首里城公園のベンチでのんびりしました。

荷物を預けていたホテルに集合すると、ゆいレールで空港に向かい、 あとは重い荷物と想い出を胸に、帰途につきました。

・・・お疲れさまでした。 今回も満タン充電できました。 またいずれ、沖縄に行きたいと思いました。(^_^)


「沖縄行き」の歴史