NIME05レポート

2005年5月 長嶋洋一


一昨年2003年には モントリオール に行き、去年2004年には SUAC で開催した、国際会議 NIME05 に参加のため、 バンクーバーの UBC に行ってきました。 日本は講議期間中ということで、他に何も寄り道のない最短の日程でした。 これ が全体プログラム、 これ が研究発表プログラム、 これ がコンサートプログラムです。 今回はコンサート部門で採択され、去年の MAF2004 に向けて作曲/公演した作品の改定版・初演を行いました。

2005年5月25日

出発の前日には、ゼミの中村友紀さんから「内定が取れた」という朗報が舞い込みました。 「幸先が良い」というのは、この事です。 そしてこの日は、ゼミの清水さんが卒制の相談に駆け込んできて、 自分で作業を進められるよう、道筋をフォローしました。いやー4回生は皆んな、大変です。

フライトを取ったのが遅かったので、ANAとかエアカナダの日本からバンクーバーの直行便でなく、 チャイナエアラインで台北経由となりました(^_^;)。 そのためフライトが朝早いので、フライトの前日5/24の講議を終えてから浜松を出て、 豊橋から名鉄に乗り換え、常滑線の名和駅前のホテルに前泊しました。 なんと無人駅でした。

朝06:51発の鈍行に乗り、太田川駅で後から来た空港行きの特急に乗り継ぎました。

朝7時半というのに、職員その他で、セントレアは混雑していました。 前回のセントレアは 沖縄 だったので、国際線は初めてなのですが、さすが小空港、国内線のお隣りでした。

チェックインすれば何もする事がないので、さっさと搭乗ゲートに行き、 パソコンでお仕事してました。

いよいよ搭乗です。 このところ飛行機の旅も多いので、あまりトキメキがなくなって、ちょっと残念。

名古屋から台北までは3時間のフライトでした。

せっかく台湾に着いたものの、トランジットなので、2時間ほどジットお仕事してました。 チタニウムのAirMacが「信用できないが無線LANがあるが・・・」と知らせてきたので、 駄目モトで繋いでみると、なんとYAHOO JAPANが見えました。 そして、ゼミの有ケ谷さんからの携帯メイルで、内定が取れた、という朗報がありました。 バンクーバーへのフライトはジャンボでした。

朝9時半に名古屋を飛び立ったのに、折り返しのフライトは夕方17時頃に東京上空を通過して(^_^;)、 バンクーバーに着いたのは、日本時間でもう26日の午前1時半でした。 ただし日付変更線を越えたので、現地到着時刻は、ちょうど名古屋出発と同じ、 「5月25日の午前9時半」でした。 入国審査までは、モントリオール行きにトランジットした NIME03 の時と同じ風景です。 ただし今回は、ここで空港から街に出ます。

荷物を受け取り、いよいよ初めてのバンクーバーです。

とりあえず空港からタクシーでUBCの中のゲストハウスに行き、 チェックインしました。

身体は午前3時なのですが、まだ昼前、それも快晴の好天なので、 とりあえず UBCマップ を手に、キャンパスを散歩しようとゲストハウスを出ました。

まずは、NIME05の会場であるFSCに行きました。

次に、コンサート会場であるホールに行きました。 スタッフと話をして、機材を確認することができました。

夕方、ホールからゲストハウスに戻る途中にはバラ園がありました。 これでこの日はオシマイで、部屋でお仕事しました。 1日10ドルで部屋のインターネットも完備、さらにNIME会場では無線LANがあり、 毎日、メイルや日本のニュースは欠かさずチェックできました。 晩は21:30ぐらいまで明るいのですが、翌日からスタートのNIMEに備えて寝ました。

2005年5月26日

夜は遅くまで暗くならないのに、朝は5:30には明るくなりました。 いつものように部屋からゲストハウスを出るところまで撮っていると、 ちょうどIAMASの小林さんが出てきて、一緒に朝食ということになりました。

ゲストハウスのすぐ向かいにある学生会館のフードコートでの朝食です。 NIME05ではセッション会場のロビーでコーヒーとともに軽食を出す事が分かったので、 実はこのベーコンエッグが、バンケット/機内食と並んで期間中で一番の御馳走となりました。

これが、ペーパー/ポスター/デモ/本部などのメイン会場となった、 FOREST SCIENCE CENTERです。 去年SUACに来た、懐かしい顔がいくつもありました(^_^)。

いよいよオープニングです。 今回のNIME05は、この2人がCo-Organizersです。

午前いちばんのセッションは3日間とも、Keynote(基調講演)でした。 この日はDon Buchla氏の「A History of Buchla's Musical Instruments」で、 いやいや出るわ出るわ、懐かしいものから最後の「コックローチ歩行機」 「ハムスター・シーケンサ」(^_^;)まで、圧巻の講演でした。 写真で堪能して下さい。

午前のPaperセッションとなりました。

いったんゲストハウスに戻り、午後のインスタレーション・ポスターセッションのために、 晴れ渡った美しいキャンパスを再びFSCに向かいました。 インスタレーション会場は、FSCの向かいのIT学科棟です。

NIME05では新しい試みとして、インタラクティブ・インスタレーションの展示がありました。

そしてFSCに移動して、ポスターセッションです。

このあと、FSCのアトリウムでコーヒーをすすりながら、 無線LANでメイルとニュースをチェックしました。

そして午後のPaperセッションです。

↑の最後のScubaという研究ですが、ProceedingsにでもムービーのURLがあったので、 会場の席から無線LANでダウンロードしてみました。 57MBほどあったのでMPEG4に圧縮しましたが、 こんなカンジ です。いい時代になりました。(^_^)

そしてPaperセッションは続きます。

夕方になり、今度はコンサートセッションです。 まだまだ明るいキャンパスを、ゲストハウスから散歩です。

ちょっと早めにホールに入りました。

そしてコンサートです。初日はInvited Concertでした。 ビデオを撮ったので、写真は少しです。

2005年5月27日

この日は晩のコンサートで本番の公演があり、リハーサルが11:30-12:30に予定されていました。 そこで午前のセッションはパスしてホールに向かい、まずはバックヤードでセッティングをして、 朝イチのリハーサルをたった一人、客席で楽しみました。 ビデオを撮ったので、写真は少しだけです。

いよいよ自分のリハです。 NIME03 のコンサートの時には、学生が2人、付き人として手伝ってくれたのですが、 今回は一人だけだったので、リハ中の記録はありません。 持参したSC-55mkIIのライン出力の片方が死んでしまっていたので、 Max/MSPの出力とミックスした全てをヘッドホン端子からPAに出す、 という苦渋の選択となりました。

なんとか無理矢理リハも終わり、午後のインスタセッションから合流しました。 渡欧して活躍している松村さんと久しぶりに再会しました。 松村さんの新しいインスタ作品が展示されて好評でしたが、 ビデオで記録したので写真はありません(^_^;)。

この日初めての、Paperセッションに参加しました。 本番前なので、ちょっとウトウトして休息しました。

午後のセッションが終わると、この日の夕食はバンケットでした。 本番前なので、ググッと堪えてワイン1杯だけでした。

早めにバンケットを抜けて、まだ直前までリハをしているホールに入りました。 Dannenbergのバグパイプ自動演奏ロボットは、ヤマハのシーケンサQY-30でした。 本番の記録はまったくナシです。小林さんが撮ってくれたビデオに全てを託しました。

以下は無事に公演が終了した楽屋です。

2005年5月28日

あっという間にNIME05も最終日となりました。 午前いちばんはKeynote(基調講演)です。 この日はBill Buxton氏の「Causality and Striking the Right Note」で、 これも堪能の講演でした。

引き続き午前のPaper Sessionでした。 ベルリンのICMC2000以来の再会となった、ATRの米沢さんの発表もありました。

昼食もそこそこ5分ほどで、翌年のNIME06ミーティングとなりました。 次回はパリ、IRCAMでの開催です。去年 サバティカル で滞在して熟知しているパリですし、是非とも行きたいです。 Ketnoteは、あのジョージ・ルイスという噂も出ました。

この日初めて覗いたJam Sessionとデモ、そしてインスタとポスターの様子です。 小林さんも、赤松さんとの連名の発表を颯爽とやっていました(^_^)。

最後のPaper Sessionです。途中ビデオを撮ったりしていたので、 写真はやや少ないです。 触発されて、SUACの講議の新しいネタを思い付きました(^_^)。 さっそく後期にやります。

いよいよ最後のコンサートです。ビデオ中心に撮りました。

コンサートが終わり、参加者はパーティに向かうために外に集まりました。

それぞれタクシーでバンクーバー市内のパブに行っての打ち上げです。 「パーティー」という触れ込みでしたが、別に何の挨拶も企画もなく、 ただの飲み会でした(^_^;)。 暗くて長時間露光だったので、心霊写真集みたいなものですが、 雰囲気だけ、どうぞ。

2005年5月29日

この日から翌日までは、延々と帰国だけです。 まず朝9時前にバンクーバー空港までタクシーで行きました。

カナダドルを小銭まで日本円に戻してしまったのでお店にも寄らず、 ゲートでデジカメ写真の整理などをしました。 機内での作業も含めて、前日までの写真は全てHTML化できました。

機内食ももう飽きました。僕は行きも帰りも、最後のカップ麺をパスしたのですが、 それ以外にみっちりと2食ありくます。名古屋と台北でも1食あるので、 まともに全部食べたら1日5食ぐらいになります(^_^;)。

2005年5月30日

太陽を追いかけて暗くならないまま13時間近くフライトして、日付けは30日となって、午後2時に台北に着きました。 その3時間ぐらい前には、ちょうど富士山上空を通過しているのですが。

乗り継ぎのターミナルに移動して、またまた駄目モトの構内無線LANに繋いでみると、 ゼミの高塚さんの携帯から「内定が出た」との朗報メイルが届いていました。 これはもう、教員冥利に尽きます。 ついつい最後のフライト機内で一人、乾杯のワインを楽しみ、 中村さん、有ケ谷さん、高塚さんに、勢いで機内販売のプレゼントを買ってしまいました。 「教員貧乏」の典型ですが(^_^;)、目出度いことです。

カナダはずっと好天でしたが、名古屋空港に到着すると雨でした。 「セントレアから浜松駅まで、ゆったり座って乗り換え移動ナシで2時間」の遠鉄バス 「e-Wing」で浜松に帰りました。 このバスはとても便利で、よく言われている「浜松市民に静岡空港はまったく不要だ」という意見に、 あらためて同感でした。

これは「20虎」「助虎」のための、UBCグッズのお土産です(^_^)。

・・・お疲れさまでした。でもタイガースは出来過ぎです。(^_^;)