ICMC98レポート
「21世紀に向かうComputer Music」

長嶋洋一


今年もまた、ICMA(International Computer Music Association)が開催する コンピュータ音楽の国際会議ICMC(International Computer Music Conference) に参加した。ICMCの歴史は1978年にミシガンから始まったが、20周年の今回、 古巣に戻ってUniversity of Michiganでの開催となった。ICMCについての解説 は、bit別冊「コンピュータと音楽の世界」に詳しく紹介してあり、また筆者は ここ数年、本誌にレポートを何度も書いてきたので、そちらを参照されたい。

ICMC1998の概要

会場となった University of Michiganのメインキャンパスは、デトロイト近郊 の小都市Ann Arborにあり、紅葉のみごろの木立と芝生には リスが遊んでいる、 落ち着いた美しいキャンパスであった。ICMCの開催された10月1日−10月6日 といえば、ちょうど新学期が始まったばかりで学生も多く、過去のICMCに比べて あまり目立たず地味に開催されるものとなった。ICMCでは、コンピュータ音楽に 関連したあらゆるテーマについて、世界中の 研究者・専門家が最新の技術を発表 する研究発表部門( ペーパー ポスター デモンストレーション等)と、世界中 の作曲家・音楽家が具体的な作品を発表するコンサート部門( コンサート形式、 インスタレーション 展示 )とが完全に対等に並立している。前年ギリシャのICMC97 では一部のテープ作品コンサートと研究発表セッションとのパラレルという変則的 運営があったが、今回は例年通り、研究発表セッション内でのパラレルはあるもの の、コンサートは「聖域」として完全に確保され、参加者は全てのコンサート 部門の作品を堪能することができた。

さて、まず最初に 現地デスクで取材した、今回のICMC1998の概要を以下に紹介する。

参加者 --- 約350名(ほぼ従来規模)

ペーパーセッション 17回
デモセッション 5回
ポスターセッション 3回
教育セッション 1回
スタジオレポート 1回
   研究発表セッションは、249件の応募から109件が採択された(倍率は約2.3倍)。

コンサート 13回、97作品。
インスタレーション 6作品。
   コンサート部門の倍率は例年「5-6倍」と言われている。一部の作品は開催
   団体(今回はUniversity of Michigan)の推薦やICMA委嘱のものである。

この他に、主に学生を対象としたチュートリアル、ワークショップ、特別イベント、 キャンパスツアーなども開催された。

コンピュータ音楽分野の研究トレンド

ここでは本誌の読者の関心事であろう、ペーパーセッションのタイトルを列記し、 ざっと概観しておこう。なお、ここでもbit別冊「コンピュータと音楽の世界」を あらかじめ眺めておくことは非常に重要であることを指摘しておきたい。

今回のICMC98のペーパーセッションでは、一般にICMCで発表募集をする時の 「こんなテーマの中からどうぞ」という定番的分類を離れて、意欲的な分類と ネーミングでセッションタイトルを付けていた。実際には、そのキーワードと 無関係の場違いな発表も少なくなかったのだが、このタイトルは研究のトレンド として反映された一つの「傾向」として重要な意味があるように思う。

Interactive Systems I : Accompaniment Systems
Interactive Systems II : Accompaniment Systems
Interactive Systems III : Dance
Interactive Systems IV : Beyond Praxis
Interactive Systems V : Large-Scale Integration

Sound Analysis and Synthesis I : Acoustical Instruments
Sound Analysis and Synthesis II : Acoustical Timbre
Sound Analysis and Synthesis III : Fast Implementation and Programming Languages
Sound Analysis and Synthesis IV : Physical Modeling
Sound Analysis and Synthesis V : Resonance Modeling

Music Analysis and Generation I : Abstraction Layers
Music Analysis and Generation II : CompositionalSystems
Music Analysis and Generation III : Extensions
Music Analysis and Generation IV : Scoreing and Synthesis

Performence Rendering I : Expressiveness
Performence Rendering II : Control Signals

Real-Time Systems I : Contemporary Implementation Issues

このように17回のセッションを単純に並べることで、個々の研究内容を越えた、 全般的なコンピュータ音楽分野での研究状況のトレンドが見えてくる。

「リアルタイム」はもはやキーワードでなく常識であること(国内でいまだに 非実時間的な音楽情報処理をしている研究グループはこの状況を直視すべき)。 音楽分析や音楽認知や感性情報処理などの音楽学的・音楽心理学的な側面を 持つ研究は、生成的でインタラクティブなシステムを実現する中核として具体的 に実装される段階にきていること。パソコンのソフトだけでも簡単に楽音合成や 信号処理ができるようになり、ICMCの一つの王道の「楽音合成セッション」が 新たな展開を前にして、今回は相対的に地味であったこと(後述)、などである。

さて、それでは個々の研究発表の中で筆者の印象に残ったものを紹介しつつ、 以下にこれらのセッションの解説をしていくことにしたい。ここでは本誌の読者 にとって有益であることを願い、「世界ではこの研究はここまできている(同じ 内容の研究をサーベイせずに繰り返すことの不毛さ)」「この分野はまだまだ こんなオイシイ部分が未開で残されている(ぜひとも挑戦して欲しい)」という 視点であることをあらかじめお断りしておきたい。

<Real-Time Systems>

非実時間的に楽譜データベースから音楽分析するとか、CDを再生してそこから フルスコアの楽譜を書き出す採譜(まだ実現できいていない)、というような 研究でなければ、音楽システムではリアルタイムというのは本質的な要件である。 過去のICMCでは、それぞれの時代の計算機のリアルタイム性能の限界と音楽の 要請とのギャップを埋めるいろいろな研究が発表されてきたが、今回はついに 「Contemporary Implementation Issues」とまとめられた1セッションにまで 縮退してしまった。次回は消滅しているかもしれない。このセッションの発表 も、最近一般的になってきたソフトシンセ、つまりパソコンでのリアルタイムの サウンド処理に関するものが並び、ICMC常連の注目度は低かった。このような 民生レベルの応用的なディジタル信号処理については、AES(Audio Engineering Society)などが中心となっているようである。

筆者もこれまではつい、研究発表のテーマに「Real-Time」を入れていたので あるが、そろそろ返上しなければいけないようである。いまさら情報処理関係の 論文で「計算機による」とタイトルに入れるようなものなのであろう。

<Music Analysis and Generation>

音楽情報処理においては、大きく「分析的」「生成的」などとジャンル分けする 傾向が、国内の情報処理学会や音楽情報科学研究会などに感じられる。確かに、 楽曲分析やコード理論や音楽構造の認知などの分析的テーマと、作曲家や音楽家 が具体的な作品を意識して自動作曲や自動演奏などを志向する生成的テーマとは、 まったく違うでしょう、という狭いセクト主義が横行している。しかし、この 両者は音楽においては、本質的に結びついてこそ幸せになれるのである、という 意志を感じさせた。4つのセッションテーマを、そこで発表された研究内容を意識 しつつ紹介すれば、「Abstraction Layers」では音楽分析のための音楽情報の分類 と検索処理、「Compositional Systems」ではアルゴリズム作曲に関するツールと 環境、「Extensions」では音の可視化や周辺技術、「Scoreing and Synthesis」 では楽譜・MIDI・ストリームオーディオに続く音楽情報の伝達技術等について 発表があった。いずれも、単なる分析でなく、後述の生成・演奏に関するシステム に関連した発展の可能性を意識させるもののように思えた。また、時代のトレンド ということで、Web関連、Java関連、MPEG4なども多数、登場した。

国内の研究ではいまだに散見する、「メロディー/コード/リズム」の 「分析/生成」に、「ニューロ/カオス/ファジイ/遺伝アルゴリズム/etc」 を使いました、という研究については、もはやICMCでは冷笑の対象になって きている。情報処理関連の何か新しいトレンドの応用というのはあらゆる学会 で見られる研究であるが、こと音楽に関して言えば、「それが何か?」の部分の 壁で止まってしまい、まったく目新しくないのである。ここには、音楽学にまで 溯る、音楽情報科学の永遠のテーマが50年前から厳然と立ちふさがっている。 「音楽とは何なのか」という音楽関係者との真剣な検討、モデルの構築、リアル タイムシステムへの実装、などが必須であり、たまたま音楽が得意な大学院生が いるので選んだ、などという研究テーマでは、20年前の結果にまでも到達できない であろう。やるなら本腰でまず膨大なサーベイからです、と言っておこう。

<Sound Analysis and Synthesis>

ICMCでは永遠の王道のテーマとして、楽音合成と信号処理に関するセッションは、 いつも存在感をもって君臨してきた。フランスIRCAM、アメリカのCCRMAやCNMAT、 といった世界をリードする研究機関が常に強力な体制で着実な研究を進めている ことが、CPUパワーの向上で パソコンでもリアルタイムのサウンド処理を行う時代 となって、楽音合成アルゴリズムを誰でも手軽に体験できる状況を陰で支えている のである。今回は5セッションであり、「Acoustical Instruments」では自然楽器 に学ぶという姿勢からリアリティとニュアンスのある楽音合成に向けた基礎研究、 「Acoustical Timbre」ではより認知的・感性的な意味での音色に関する研究、 「Fast Implementation and Programming Languages」では楽音合成アルゴリズム の実装関連の応用(Java版も)、「Physical Modeling」では応用段階に入った 物理モデル音源の研究、そして「Resonance Modeling」ではディジタルフィルタ 関連(早稲田のフルート演奏ロボットは無理矢理入っていた(^_^;))、という 発表が並んだ。ポスターセッションで、「男なら黙って楽音合成」を合言葉に、 この分野で日本人として堂々とリカレントNNによる楽音合成を発表した大矢氏 (長野高専)の健闘も称えておきたい。

しかし、bit別冊「コンピュータと音楽の世界」の「音素材の生成」の章の編集 を担当し寄稿もした筆者にとって、今回のICMC98の楽音合成セッションは「低調」 に思えた。これまで毎回、圧倒されてきた新しいアイデアと精緻な研究の万華鏡の ような世界が、かなり地味な印象に映ったのである。楽音合成アルゴリズムの基礎 を実感するための好材料としてMITのCsoundがある(Webでサーチすれば発掘でき、 全てフリーなので興味のある読者は体験されたい)が、かつて大型計算機や高性能 WSを占有していた専門家でなくても、現代では誰でも家庭用パソコンでCsoundの 素晴らしいサウンドを実現できてしまうようになった。そして高性能のDSPシステム を必要としていた、ディジタルフィルタによる物理モデル音源やグラニュラ合成の サウンドもまた、パソコンのフリーウェアで一般的なメニューに完備されるように なっている。ここにきて、研究者の開拓した成果に一般が急速に追いついてきたの である。筆者は前回のICMC97で発表されたもののあまり注目もしていなかったが、 今回のICMC98でその活用事例を知ってさっそく入手したものに、SuperColliderが ある。インターネットで入手し、オンライン購入して翌日には手元で稼動できる 時代であり、そしてSmalltalkベースの素晴らしい楽音合成ソフトを体験できた。

このような状況で、今回のICMC98における楽音合成セッションの元気の無さは、 ある意味で当然かもしれない。しかし、コンピュータ音楽において永遠の王道の テーマであるのも事実である。筆者が数日のうちに感じてきたこの分野のトレンド は「陣痛」、産みの苦しみである。ここまで成熟してきた楽音合成技術の基本は、 広義の「分析・合成」であり、アルゴリズムがあればそれを合成するという環境は パソコンにまで、リアルタイム性をもって揃ってきた。しかしここにきて、では これからの「合成」のために何を「分析」するか、という巨大な壁がようやく見えて きたように思う。一つのアプローチは間違いなく、「自然楽器に学ぶ」「人間の 音声に学ぶ」ということであろう。PCMで外面だけコピーするのでなく、自然楽器 や人間の声を本質的に分析して本質的に合成したい、というのは相当に挑戦的な テーマである。しかし、この方向に進むとすれば、次回以降のICMCでは注目すべき 筆頭の研究テーマであろう。また、筆者の霊感で恐縮だが、ここでは「人間」に 回帰する、という気がする。「人間はどう聞こえているのか」という聴覚に回帰し、 「人間はどう音/音楽を感じているのか」という感性KANSEIの世界に来るような 予感がする。日本でも研究が進んでいる、音響物理学・音楽心理学・音楽知覚認知 などの研究者、あるいは音声情報処理の研究者とのコラボレーションによって、 一躍世界のトップに躍り出る研究の可能性があると思うのである。

<Interactive Systems>

コンピュータ音楽のシステムを実際に「演奏」の場で応用するとなれば、これは 必然的にリアルタイムなものとなる。今回のICMC98では、ここ数年、次第に巨大 勢力となってきたこの分野が、具体的な実例を豊富に含んで盛況であった。 「Accompaniment Systems」では、システムが人間の演奏者と対話的協調的に 自動伴奏する、というテーマの発表が並んだ。なかでも、世界にRMCPを発表した 後藤氏(電総研)のリアルタイムビートトラッキング応用の発表は、音楽ジャンル としてはICMCの主流でないにもかかわらず、その研究の確実さと実例デモの明快さ もあって、会場に大ウケする成功であった事を報告しておこう。ただしこの一方 で、人間の演奏者とシステム内を走る音楽演奏モデルとが時間構造の面で微妙に 食い違う、という重要なテーマは、いまだ解決されていなかった。「Dance」の セッションでは、何かセンサを使って、何か新楽器を作って、というこれまでの ICMCから発展して、身体表現に注力している研究者が世界中で実験と公演を 進めている状況が見事に反映された。「Beyond Praxis」では演奏者のスキルに 関するテーマが、「Large-Scale Integration」では大規模システムでの実例が 報告された。なお、この分野の研究の意義がICMCのコンサートセッションで印象 的に垣間見えた貴重な経験をしたので、この点はコンサートの部分で後述する。

<Performence Rendering>

このセッションのタイトルは非常に珍しいものである。「Expressiveness」と 「Control Signals」という、具体的なセッションテーマで少しだけ判ってくる のは、音楽感性、芸術的表現、ニュアンスの制御、シーケンサの単純再生を 越えた自動演奏モデル、演奏者のジェスチャーの認識と反応、などのテーマの 研究が押し込められた、というものらしい。個々にはなかなか興味深い発表 があったが、ごった煮セッション、という印象も残った。個々の発表について は、Proceedingsが数ヶ月後にはICMAから入手できる(過去の全Proceedingsも バックナンバ入手可能)ので、興味のある方は入手して検討されたい。

コンサートセッション

今回のICMCでは、アメリカ国内での開催ということで、インタラクティブな パフォーマンスでセンサやビジュアルなものが多く登場する、と期待して いたのだが、それほどライブものは多くなかった。そして、国内から参加した 多くの人が敬遠する「テープコンサート」が主流であった。確かに、せっかく のコンサートホールで、ステージを暗転して、ただPAシステム(今回は、 7チャンネルの空間音響に対応)で再生されるDATやCDに固定されたテープ 作品を聴くだけのコンサートというのは、退屈で眠いものである。しかし、 何故か、日頃はこんなヘンな現代音楽でなくポップスやジャズやロックを 楽しんでいる研究者たちが、いそいそと楽しそうに毎回のコンサート会場に やってきて、時に眠り時に耳を塞ぎながらも、コンサートを楽しんでいるの である。全コンサートを堪能した唯一の日本人である筆者もまた、眠い作品 では寝ていた(^_^;)のであるが、しかし今回初めて、新たな発見があった。

これは完全に「慣れ」の世界なので、いきなりこの手のコンサートに行った人 には絶対に同意いただけないのだが、ICMCのテープコンサートは、作曲家で なく研究者にとってこそ、発見と刺激の宝庫なのだった。確信をもって断定 できる。個々の作品はヘンな現代音楽であり奇怪な音響がして大抵は退屈な ものである。しかし、それを越えてみると(筆者の場合には7回目のICMCに して初めて悟った)、あの音この音を苦労して作曲家が生成しているプロセス の裏にあるアルゴリズム、信号処理テクニック、それらを実現する記述言語 や支援環境、生成モデリング、最終的な電子音響にまとめるプロセスの全て が、コンピュータ音楽の研究者が直面するテーマと密接に関係しているので ある。生成のためには分析がいるし、構成していくためには構造とモデルが いる。ただ漠然と聞き流すのでなく、「この作品を自分が作るとしたら、 どうすればいいのだろうか」と考えてみると、寝るどころではなく、研究の ネタや作曲のネタが次々に湧いてきたのである。今回のICMCでは、毎回恒例 の筆者の「ねたメモ用ノート」は、コンサート会場で記した項目の方が 圧倒的に多くなってしまったのである。そして、専門的知識がないために チンプンカンプンである筈のペーパーセッションに音楽家か作曲家が楽しげに 参加していたのも、まったくこれと同じなのであった。具体的専門的な事を 別にしても、研究発表セッションで触れる研究者のアイデアやアプローチは、 音楽家のアイデアを刺激し、コラボレーションとして多くの作品を実現し、 その過程で研究者も音楽家も、一人ではできない新しい「何か」をつかんで いく、それがICMCなのである。

また、インタラクティブな作品でも重要なポイントを実感した。最近では、 コンピュータの高速化から「リアルタイム採譜」に関する研究も少なくない。 しかし、実際にCDの録音から個々の楽譜を完全に生成するというのは、音楽的 な知識がなければ(あっても、計算機では)不可能であり、この技術の重要な 応用分野は「トラッキング」として進展している。今回のコンサートでは、 この部分、つまり演奏者と密接にリンクして追随する伴奏システム、として の作品が好対照を見せた。まず、世界でもっともISPWというリアルタイム 信号処理システムを理解し活用する作曲家の作品では、ピアノ演奏者は普通に ピアノを演奏した。この音響はシステムがリアルタイムにトラッキングして いて、楽譜上のどの部分を演奏しているか、どんなニュアンスで演奏している かを判定して、ピアノ音をリアルタイムに信号処理する緊張感のある反応を 返すことで伴奏を続けた。そして、別の作曲家の作品では、フルート奏者の 女性は靴を脱いで椅子に座り、周囲にずらりと並べた8個のペダルを(楽譜の 指示に従って)両足で頻繁に踏み変えながら演奏た。システムはこれを受けて、 リアルタイムにフルートの音を信号処理した部分はまったく同じコンセプトで あった。

さて、フルート奏者に大変な練習と演奏テクニックの修得を強要した後者の 作品は、システムが全て自動判定・追従してくれた前者の作品よりも古くさくて 劣っているだろうか。確かに、フルート奏者があれだけの素晴らしい演奏を 実現するためには、彼女は凄い努力をしたであろう。しかしそれだけでなく、 彼女はこの作品を自分の感性と演奏技量で実現した、と100%実感しているで あろう。しかしスコアフォローによるシステムと協演した場合には、ちょっと した追従ミスや遅延があっても聴衆はあまり気付かないが、演奏者本人には 判るのである(そういう実例をペーパー発表で発見した)。唯一の例外として は、作曲家本人が演奏家であり、スコアフォローの仕掛けまで自分で組み 込んで演奏する場合である。この意味では、低レベルな センサを多重に用いて センサフュージョンする、という筆者のアプローチも同じ状況に直面している。 演奏の専門家は簡単な楽器は欲しくない、修得は難しくても自分の表現を実現 できるものが欲しいのだ、という言葉の意義をあらためて感じた経験となった。

21世紀のICMCに向けて

さて、そしてまたまた次回のICMCの話となった。ICMC1999は北京で開催される。 詳しいことは、全て Webで公開されている。この記事を読んだ読者が 応募期限に間に合うかどうかは、原稿執筆時点の筆者には不明である。

今回のICMCの最後のICMA総会では、珍しくさらにその先まで発表された。

 ICMC1999 --- 中国北京Beijing
 ICMC2000 --- ドイツ、ベルリン
 ICMC2001 --- キューバかブラジル
 ICMC2002 --- スウェーデン
 ICMC2003 --- アジアオセアニア地区のどこか(日本か韓国?)

筆者はICMC1991モントリオール(カナダ)、ICMC1992サンノゼ(アメリカ)、 ICMC1993トウキョウ(日本)、ICMC1994オーフス(デンマーク)、ICMC1995 バンフ(カナダ)、(唯一のスキップICMC1996香港(残念))、 ICMC1997テッサロニキ(ギリシャ)、そしてICMC1998ミシガン、と参加して きた。しかし1978年からの常連にすれば、まだまだ尻の青い駆け出しである。 毎朝8:00から始まるペーパーセッションに参加し、最後の コンサートが終わる のは23:00頃、というスケジュールを6日間、筆者は全てたっぷりと堪能した。 毎度のことだが観光などとは毛頭、思い至らない。こんな至福の時なのに。

普段は日本という井戸の中にいる筆者が、こうしてICMCに参加して世界中の柔軟 で好奇心に溢れたアイデアと交流して刺激(と翌年に向けての元気)を得るの より以上に、これらタフでクレイジーな連中も当然、毎度のICMCでそういう アイデアの刺激交換をしている。作品でも研究でも、先に成果まで実現した ものの勝ち、いわば「仁義なき好き者の戦い」であるのは当然である。 日本にいてどれだけの学会で活動しても、たった1週間のICMCで得られるもの を得るのに10年か20年かかり、しかも絶対に追いつけないだろう。研究者の 世界ではIEEEとかACMとかの正統的な場があり、芸術家の世界ではアルス エレクトロニカとかブールジュなどがあり、それらに比べて、ICMCはハッキリ と「偏って」いるのは事実である。しかし、「Art & Technolory」 「Art & Science」と明確に掲げてスタートしたICMCは20周年にわたって成長 し、確かに現代のコンピュータ環境の中でサウンド/音楽の分野で着実に貢献 する成果を生み出してきた。筆者は今後のICMCもまた、可能な限り参加して いきたい。一緒に北京を歩く仲間を募集しているところである。