新・筋電センサ

長嶋 洋一


1. はじめに

 コンピュータ音楽を中心としたメディア・アート、システムと人間とのインターフェース等に関するテーマの研究活動とともに、その具体的な応用を実験的に検証する意味で、実際にいろいろなインタラクティブ・マルチメディア作品を創作して公演・発表する活動を行っている(1-9)。オリジナルセンサを用いた実験的なシステムをリアルタイムパフォーマンスに応用することで、開発の過程や作品・公演の中から新たな研究テーマや課題が出てくることも多い。本稿ではその一つのサブテーマであるオリジナルセンサの研究開発に関して、新しく開発した筋電センサ "MiniBioMuse-III" について報告する。


図1 上半身の筋肉のいろいろ

2. 腕の筋電情報のセンシング

 人間の随意運動のセンシング対象としては、歴史的に「手」「腕」(図1、図2)が重視されており、文献においても「腕の筋電情報」を取り上げたものは多い(10-23)。


図2 前腕遠位の横断面

 筋電センサを活用したコンピュータ音楽やインターフェースに関するテーマでは、IRCAM / CCRMAのAtau TanakaによるBioMuseを利用したヒューマンインターフェースの研究と音楽パフォーマンス活動(sensorband)が国際的によく知られている(24-26)。ここでは、両腕の異なる2個所ずつに筋電センサを取り付け、伝統的な楽器と変わらない修練と習熟により、身体表現としての演奏情報をリアルタイム音響合成パラメータに適用した演奏などを行っている(図3)。


図3 BioMuseを用いた演奏風景(Atau Tanaka)
(c) Peter Kers, the photographer

 このBioMuseは市販の製品であるが、センサの銀-塩化銀電極を導電ジェルによって取り付ける手間、その電極の寿命と交換の手間、システムとしての大きさと重さ、そして何より高価である(約3万ドル)ことなど、活用しているAtau Tanaka氏自身がいくつもの課題を指摘するものだった(図4)。もともと音楽用途というよりも、身体障害者のための意志伝達手段や、脳波・眼球筋肉運動などの検出にも利用できる汎用生体センサであるため、医用機器としての信頼性やコスト要求からして当然であるとも言える。


図4 BioMuse

3. "MiniBioMuse-I"と"MiniBioMuse-II"

 筆者は研究協力者としてアナログ電子計測の専門家の照岡正樹氏らと交流し(27)、各種の高精度センサ、生体センサ等を研究開発してきた(28-29)。そこでテーマとして「小型軽量(可搬)」「バッテリ駆動」「リアルタイムに筋電情報をMIDI化」する「シンプルで安価」な筋電センサを目標として掲げ、敢えて"MiniBioMuse"と名付けて実験・開発を進めてきた。以下、その概要と検討事項について簡単に紹介する。

3-1. 筋電センサ開発の課題

 通常の物理量センサに比べて、生体センサには「個人差」「高感度」「ノイズ抑止」「使用感」などの課題が加わる。「個人差」とは、同じ生理指標でも個人ごとのばらつきが大きく、筋電で言えば、非力な(体育会系でない)人の中にはまったく筋電パルスが検出できない人もいる、という状況のことである。「高感度」については当然のことで、人間は電気鰻ではないので、電気信号として得られる情報は全て微弱なものなので、高倍率増幅は必至である。「ノイズ抑止」は技術的にはもっとも重要なもので、生体から発生する他の信号、周囲環境から混入するノイズ信号とともに、ハム(商用交流電源の高調波ノイズ成分)の除去が切実な課題となる。「使用感」とは、ベッドに固定されているわけではなく音楽演奏という身体表現に利用することを目的としているので、自然な動作を制限するような形態でセンサを取り付けることができない、という実装上の課題である。

3-2. " MiniBioMuse-I "


図5 MiniBioMuse-I

 図5は、筆者が初めて開発した初代の筋電センサ"MiniBioMuse-I"である。回路としてはOPアンプによる差動増幅回路を採用し、両腕のセンサ電極(パソコンのメモリ増設時に静電気破壊を避けるために利用するリストバンドを改造)だけでなく足首にハムをキャンセルするための第3の電極を取り付けた。OPアンプのために006P電池を2つ使用するなど課題も多かったが、VHS


図6 MiniBioMuse-Iの平静時出力の例


図7 MiniBioMuse-Iの緊張時出力の例

ビデオテープ程のサイズながら筋電ノイズそのものをアナログ出力しつつ同時にA/D変換してMIDI出力する、という機能には、Atau Tanaka氏も良好な評価を与えた(後継機に期待表明)。図6は筋肉を弛緩させた時の、図7は筋肉を緊張させた時の"MiniBioMuse-I"のアナログ出力信号(左側がオシロ、右側がスペアナ)である。ハムを中心とした残留ノイズが見て取れる。

3-3. " MiniBioMuse-II "


図8 MiniBioMuse-II

 図8は、"MiniBioMuse-I"から新たな改良により開発した"MiniBioMuse-II"である。電子回路的には、ノイズの点で限界のあるOPアンプによるフロントエンド回路から、図9のような、高感度デュアルFETを用いたディスクリート・トランジスタ回路へと発展した。これは、特性の揃った2つのFETを金属ケースで熱結合した特殊なFETである2SK146により、単一電源で良好な高倍率差動増幅回路を実現したものであり、小型ケースに2チャンネル*2電極とコモン電極の全ての回路を格納した。アナログ電圧出力はケーブルで延長したサブボックスでMIDI化するように分離した結果、照明などノイズ環境の劣悪なステージでのライブパフォーマンス(京都と神戸で公演)にも使用できる、という実績を得た。


図9 MiniBioMuse-IIのフロントエンド回路(一部)


図10 MiniBioMuse-IIの出力の一例

 図10は、"MiniBioMuse-II"からのMIDI情報を実際の音楽において利用するためのMaxパッチによる処理の一例である。上段のグラフはセンサからの直接の情報をそのままプロットしたものであり、下段ではこれを移動平均する処理により、右側で筋肉が緊張状態になった波動が明確に得られているのが分かる。


図図11 MiniBioMuse-IIを用いた演奏風景

 図11は、筆者の作品"Bio-Cosmic Storm"の京都での公演(1998年)の風景である。ステージ上のピアニストは両腕に"MiniBioMuse-II"のセンサを取り付け、そこから直接出力される筋電ノイズを音源としてSuperColliderでリアルタイム音響信号処理するシステムをコントロールするMaxのためのMIDI情報も同時に演奏出力した。ピアニストはステージ上のピアノの鍵盤に触れてはいけない、という指示のもと、鍵盤上空5cmでピアノ曲をシャドー演奏したりピアノそのものを押したりして、その筋電情報によりリアルタイムCGとともに楽音を生成した。

参考文献

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[26] http://www.sensorband.com/index.html
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[32] http://nagasm.org/index.html
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