聴覚的クロノスタシスに関する研究

長嶋 洋一


概要

メディア心理学実験のテーマとして、根源的な知覚認知の基礎領域に関する(地味な)研究も多いが、一般にアピールするテーマとして、各種の「錯覚」を検証する実験も少なくない。実験結果をある種のインスタレーション作品、あるいは科学館の体験展示システムのような形で再現することで、一般に対してインパクトのある錯覚体験を提案できるメリットも重要である。

筆者はこれまで、ComputerMusicやメディアアートに関連する、研究・システム開発・作曲・公演・教育などの活動[1]とともに、音楽心理学やメディア心理学の領域の研究を続けてきた[2-4]。また併せて日本時間学会に参加して、時間学の視点から音楽やメディア心理学について検討を進めてきたが、今回、「錯覚」を切り口とした検討から視覚領域でよく知られたクロノスタシス錯覚(Chronostasis)を取り上げて被験者実験を行い検討したので報告する。

錯覚とクロノスタシス

Wikipediaで「錯覚」と調べると、以下のように記載されている。
錯覚
錯覚(さっかく、英: illusion)とは、感覚器に異常がないのにもかかわらず、実際とは異なる知覚を得てしまう現象の
ことである。対象物に対して誤った感覚や認識を得るのが錯覚であり、存在しない対象物を存在すると見なしてしまう
幻覚とは区別される。
錯覚の種類
	錯覚はその原因により大きく4つに分けることができる。
不注意性錯覚 
	対象物への注意が不十分のために起こる錯覚。見間違い、聞き違い、人違いなど、われわれが日常経験する多くの
	間違いを含んでいる。
感動錯覚 
	暗くて怖い場所を歩いていると、物の影が人影に見えたり、何でもない物音を人の気配に感じることがある。恐怖や
	期待などの心理状態が知覚に影響を与えるものである。
パレイドリア効果
	雲の形が顔に見えたり、しみの形が動物や虫に見えたりと、不定形の対象物が違ったものに見える現象に代表される。
	対象物が雲やしみであることは理解しており、顔や動物ではないという批判力も保っているが、一度そう感じると
	なかなかその知覚から逃れられない。熱性疾患の時にも現れやすい。変像とも言う。(例:人面魚、火星の人面岩、
	トリノの聖骸布など)
生理的錯覚 
	数多く知られている幾何学的錯視や、音階が無限に上昇・下降を続けるように聞こえるシェパード・トーンなどのように、
	対象がある一定の配置や状態にあると起こる錯覚。誰にでもほぼ等しく起こる。
その他の錯覚
	クラスター錯覚(clustering illusion)
	シャルパンティエ効果 - 同じ重量の物体でも体積の大きい物のほうが軽く感じられるという錯覚。
	クロノスタシス - 時計に目を向けると、その直後の1秒間が長く感じるという錯覚。
また、柏野牧夫さんの イリュージョンフォーラム は、錯覚を学ぶ者には非常に勉強になるサイトである。 ここに多数ある錯覚は圧巻であるが、完成されているので、なるべくこれ以外を攻めてみたいという意識がある。 「クラスター錯覚(en:clustering illusion)」も、宇宙物理学の匂いがしてちょっと面白そうだったが、筆者は上記の最後の「クロノスタシス」が気になってさらにWikipedia[5]で追いかけると、以下のように、収穫がたくさんあった。 ステレオグラム錯視がうまく見えない人が少なくないのに対し、手首のアナログ腕時計の秒針に視線を移動させるたった2-3秒の実験で誰でも簡単に体験できるクロノスタシス錯覚は、興味深い。
クロノスタシス(英:Chronostasis)は、サッカードと呼ばれる速い眼球運動の直後に目にした最初の映像が、長く続いて 見えるという錯覚である。名前はギリシア語の「クロノス」(時間、χρόνος)と「スタシス」(持続、στάσις)に由来する。 クロノスタシスのよく知られる例として「時計が止まって見える錯覚」がある。アナログ時計に目を向けると、秒針の動きが 示す最初の1秒間がその次の1秒間より長く見えるというものである[A]。眼球がサッカード運動をするとき、時間の認識は 僅かに後に伸びる[B]。そして観察者の脳は、実際よりもわずかに長い間時計を見ていたと認識し、秒針が1秒間以上 固まっていたという錯覚を生む。実は、見ている方向がある点から次の点へ移動するたびにこの現象が起きているのだが、 われわれがそれに気付くことはほとんどない。説明の一つは、見る方向が移動する際の時間の隙間を脳が埋めていると いうものである。実験によると、おそらく、サッカードがあるにも関わらず脳が連続した意識体験を構築しようとすることで、 この錯覚は引き起こされる[2]。この現象はあらゆる眼球運動によって生じるが、何か時間を計れるものがある場合に顕著 になる。クロノスタシスは、視覚的な観察でしか起こらないわけではなく、聴覚刺激でも認識される[C]。
そして上の[A]のリンクのBBCの記事[6]から、以下のように視覚でのクロノスタシスがよく判った。 実際に、視線を宙に彷徨わせてから腕時計の秒針を見ると、確かに最初の一歩が1秒よりかなり長く、次から正しい1秒間隔になる。
[A]http://www.bbc.com/future/story/20120827-how-to-make-time-stand-still
The mystery of the stopped clock illusion
Have you ever stared at a second hand on a clock and thought that time seemed to stand still for a moment? It’s not just you.
Sometimes, when I look at a clock time seems to stand still. Maybe you've noticed this to your bemusement or horror as well. You'll be in the middle of something, and flick your eyes up to an analogue clock on the wall to see what the time is. The second hand of the clock seems to hang in space, as if you've just caught the clock in a moment of laziness. After this pause, time seems to restart and the clock ticks on as normal.
It gives us the disconcerting idea that even something as undeniable as time can be a bit less reliable than we think.
This happened to me for years, but I never spoke about it. Secretly I thought it was either evidence of my special insight to reality, or final proof that I was a little unhinged (or both). But then I found out that it’s a normal experience. Psychologists even have a name for it - they call it the “stopped clock illusion”. Thanks psychologists, you really nailed that one.
An ingenious experiment from a team at University College London recreated the experience in the lab and managed to connect the experience of the stopped clock to the action of the person experiencing it. They asked volunteers to look away and then suddenly shift their gaze to a digital counter. When the subjects tried to judge how long they had been looking at the digit that first appeared, they systematically assumed it had been on for longer than it had.
Filling gaps
Moving our eyes from one point to another is so quick and automatic that most of us probably don't even think about what we are doing. But when you move your eyes rapidly there is a momentary break in visual experience. You can get a feel for this now by stretching your arms out and moving your eyes between your two index fingers. (If you are reading this in a public place, feel free to pretend you are having a good stretch.) As you flick your eyes from left to right you should be able to detect an almost imperceptibly brief “flash” of darkness as input from your eyes is cut off.
It is this interruption in consciousness that leads to the illusion of the stopped clock. The theory is that our brains attempt to build a seamless story about the world from the ongoing input of our senses. Rapid eye movements create a break in information, which needs to be covered up. Always keen to hide its tracks, the brain fills in this gap with whatever comes after the break.
Normally this subterfuge is undetectable, but if you happen to move your eyes to something that is moving with precise regularity – like a clock – you will spot this pause in the form of an extra long “second”. Fitting with this theory, the UCL team also showed that longer eye-movements lead to longer pauses in the stopped clock.
It doesn't have to be an eye movement that generates the stopped clock – all that appears to be important is that you shift your attention. (Although moving our eyes is the most obvious way we shift our attention, I'm guessing that the “inner eye” has gaps in processing in the same way our outer eyes do, and these are what cause the stopped clock illusion.) This accounts for a sister illusion we experience with our hearing – the so-called “dead phone illusion”, which is when you pick up an old-fashioned phone and catch an initial pause between the dial tone that seems to last longer than the others.
These, and other illusions show that something as basic as the experience of time passing is constructed by our brains – and that this is based on what we experience and what seems the most likely explanation for those experiences, rather than some reliable internal signal. Like with everything else, what we experience is our brain's best guess about the world. We don't ever get to know time directly. In this sense we are all time travellers.
この最後のフレーズ、「我々は皆んな、ある意味でタイムトラベラーなのだ」は素晴らしい。 時間の知覚というのは、きわめて微妙な脳内作用なのであり、これは面白いと思う。 そして上の[B]のリンク先は「Nature」の論文で、フルPDFの購読には3300円が必要だが、以下のアブストラクトでも十分に判る。
[B]http://www.nature.com/nature/journal/v414/n6861/full/414302a0.html Illusory perceptions of space and time preserve cross-saccadic perceptual continuity Abstract When voluntary saccadic eye movements are made to a silently ticking clock, observers sometimes think that the second hand takes longer than normal to move to its next position. For a short period, the clock appears to have stopped (chronostasis). Here we show that the illusion occurs because the brain extends the percept of the saccadic target backwards in time to just before the onset of the saccade. This occurs every time we move the eyes but it is only perceived when an external time reference alerts us to the phenomenon. The illusion does not seem to depend on the shift of spatial attention that accompanies the saccade. However, if the target is moved unpredictably during the saccade, breaking perception of the target's spatial continuity, then the illusion disappears. We suggest that temporal extension of the target's percept is one of the mechanisms that 'fill in' the perceptual 'gap' during saccadic suppression. The effect is critically linked to perceptual mechanisms that identify a target's spatial stability.
[C]は聴覚のクロノスタシスで、この論文はもう10年以上も昔のようだが、[B]の視覚のクロノスタシスの追試、さらに[C]の聴覚のクロノスタシスの追試だけでも面白そうだし、これらをマルチモーダルに合体させた実験であれば新しいものになるかもしれない、と思われた。 サッカードは 音楽的ビートが映像的ビートの知覚に及ぼす引き込み効果 の中で触れていたが、そのサッカードと時間知覚の心理学実験で再会する、というのは、素晴らしいテーマであると思う。 このreferされたBBCの解説記事[6]や脳神経科学の学会誌のサーベイ論文[7]では、サッカードがクロノスタシス錯覚を生む脳内の情報処理メカニズムとの密接な関係を指摘して おり、最近、筆者が注目している、潜在認知・意識・知覚・情動に関する研究[8-10]との関連も重要であると思われる。

聴覚的クロノスタシス錯覚

前述のBBCの解説記事では、視覚的クロノスタシスの姉妹錯覚として"dead phone illusion"と聴覚的な現象を紹介しているが、 同じくreferされた上記[C]のHodinott-Hillらの 先行研究 [11]は、ずばり「聴覚的クロノスタシス」というタイトル(サブタイトルは"HangingontheTelephone")で、過去に「クロノスタシスは視覚に特有の現象である」とされていたのをきっぱり否定した。本研究は、この 先行研究 [11]の内容を追試するとともに、その実験条件を拡張してより詳しく聴覚的クロノスタシスを調べるという目標を掲げた。

この先行研究[11]の論文をざっと読んでみて、唯一の不明点は、被験者実験のところで「and a threshold was determined by using a modified binary search procedure.」というものだけである。 これは「Tyrell,R.A.,andOwens,D.A.(1998).A rapid technique to assess the resting states of the eye and other threshold phenomena: the modified binary search (MOBS). Behav. Res. Methods Instrum. Comput. 20, 137–141」という、 この論文 [12]であった。 二分探索アルゴリズムを閾値が変動する心理学実験などに応用するように拡張したものらしいが、コンピュータが非力だった20世紀の論文であり、リアルタイム性が格段に向上した現在では、敢えて考慮しなくても簡単に実験計測できてしまうように思われたので、本研究ではMOBSに囚われずに進めることとした。

上の図は、 先行研究 の論文に掲載されていた実験条件である。 図の上段がControlConditionで、被験者のヘッドホンの右耳だけで音が鳴り、50msecだけ持続する700Hzの基準バースト音が1000msecの間隔で4発続くが、その4発目だけピッチが基準音と異なり高いか低いかに設定される。 被験者は高いか低いかを判断してボタンを押す。

このボタンを押すタイミングを起点として<可変時間>だけ経過した後に、今度は50msecだけ持続する700Hzの基準バースト音が1000msecの等間隔・等ピッチで4発続く。被験者はこの後半の等間隔の時間に対して、さきほどの<可変時間>(ボタンを押してから700Hzのバースト音列の最初までの時間)が、バースト音の等間隔の時間よりも長いか短いかを判定して(別のボタンで)回答する。

図の下段がExperimentalConditionで、毎回の実験の前半はControlConditionと完全に同一であるが、後半のサウンドが左耳だけから鳴る、というものである。 つまり、被験者は前半の右耳の実験でバースト音列の最後のピッチがその前より高いか低いかを判断することに意識が集中していて、後半に出て来る音がそのまま同じ定位(左耳or右耳)であるか、反対側にジャンプするか予測できない。 サウンド定位が移動しない場合に比べて、突然にジャンプするとその空間的移動を脳内(聴覚野の空間的位置判定処理あたり)で無意識下に追いかける際に、サッカードと同様の時間認識の欠落(圧縮)が生じて、これを補正するために、物理的<可変時間>に比べて、後から判断した心理的<可変時間>が延びる錯覚が生じるのではないか、という仮説に基づいている。

先行研究 の論文によれば、実験で変化させる<可変時間>(ボタンを押してから700Hzのバースト音列の最初までの時間)の閾値をMOBSを用いて評価した結果として、ControlConditionで955msecだったインターバル時間評価が、ExperimentalConditionでは825msedへと有意に縮んだ、と報告している。 つまり、片耳だけのサウンド刺激に対して、その空間的移動を追いかける聴覚的サッカードによって、反対側の耳にジャンプしたサウンドでは、心理的に等間隔であると判断される時間が、かなり縮むのである。 なお 先行研究 の論文では、サウンドとサウンドの間の無音の時間を実験に用いた理由として、(1)過去にクロノスタシスは聴覚領域では起きないと否定的に判断した研究で持続するサウンド列を使っていたこと、(2)電話ベル音の錯覚現象もサウンドとサウンドの間の無音間隔から起きていること、を挙げている。

先行研究に対する検討

先行研究 は全3ページと簡潔であり、700Hzのサウンド刺激が純音であったかどうか(おそらくサイン波)が不明、被験者が平均27歳の男女それぞれ8名というだけで実験が各被験者それぞれ計何回の試行で行われたのかも不明、2回の判定の「ボタン押し下げ」の詳細も不明、など実験システムへの懸念があり、以下のように考察検討した。

まず、サウンド素材に純音を使った場合に、各試行の前半の最後(4発目)のバースト音のピッチを700Hzに対してどのくらい上下させるか、という点に音楽的な検討事項があった。 すなわち、完全4度/長3度などの協和音程を形成する周波数関係で音高が移動するのと、半音階の関係でない不協和音程の関係で音高が移動するのとでは、脳内での知覚認知チャンネルが変わる可能性を否定できない。

また純音だとバースト状にゲートする際に位相によってクリックノイズが発生して音色が大きく変化し、サウンド知覚の条件が一定にならないので、サウンド素材にホワイトノイズを使う方針を採用した。 ピッチの上下に対応して、ホワイトノイズにLFPないしHPFをかけたサウンドに対して「明るい」「暗い」と判定させることで、同等の条件を形成した。

さらに視覚的サッカードの先行研究[13]において、22°の視野角の移動では1000msecが880msecに縮み、55°の視野角の移動では1000msecが811msecに縮んだ、という報告が紹介されていたことから、単純に「右だけ」「左だけ」でないサウンド定位を定量的に設定する意義を認識した。 定位量が両端にある場合には先行研究と同じになることから、両者を合体した被験者実験をデザインすることで、追試と新たな実験条件の両方を検討できるのは、被験者の馴れや疲労を考えると意義あることである。

ここまでの検討をふまえて予備的な心理学実験システムを試作して筆者自身が体験してみると、ノイズのバースト音が前半・後半からなる単純な試行として「ほとんど等間隔」に繰り返す実験は、被験者の集中の持続が簡単ではない、と確認できた。 眠くなったり正しく判断できなくなる問題を回避するためには、試行の総数を少なくする(実験全体の時間を短くする)事が一番であるが、多くの実験条件を組み合わせると試行の総数は簡単に増大する、というトレードオフとなる。 筆者はマルチメディアに関する講義の一環として多数の学生被験者の協力を得られることから、「実験時間をを短く」「被験者数を多く」という方針を採用した。

心理学実験システムの詳細

以上の検討を受けてMax6の環境で制作した聴覚的クロノスタシス心理学実験システムについて、ここで詳細に紹介する。なお、このシステムは講義中に被験者となる学生に配布できるように 筆者のWebサイト [14]に置いてあるので、興味のある方はぜひ実験して、結果(plaintextメイル)で(年齢・性別など簡単な被験者情報とともに)筆者にお知らせいただければ幸いである。 以下は、学生に提示した実験手順のプロトコルである。なお実験ソフトはMax6コレクティブなので、コンピュータにフリーのMax6ランタイム[15]がインストールされている必要がある。 筆者の大学の環境では全てのMacにMax6がインストールされているので、間違って実験パッチを変更(修正)してしまわないようにパッチを実行形式とした。以下はこのパッチを起動した最初の部分のスクリーンショット群であり、音量調節した設定値も最終データに記録した。 被験者は順になぞっていく事で、実験の概要を理解する。

上の図の最後の画面で被験者が数字キーの[8]を押すと、以下の図のような3つの画面の繰り返しで試行がスタートする。 順序効果を考慮して、全部で60試行が用意されている実験は被験者ごとに異なったランダムな順番で呼び出される。 その内訳は、前半の「明るい」「暗い」と判定させるサウンド列の定位位置として「左端」「中央」「右端」の3種類、後半の比較対象のサウンド列の定位位置として「左端」「中央やや左」「中央」「中央やや右」「右端」の5種類、<可変時間>として、被験者が前半の判定結果を「↑」「↓」で押してから後半のサウンド列が始まるまでの経過時間として

の4種類としたので、3×5×4=60種類の試行となった。 この4種類のインターバル時間の設定には、筆者自身を被験者としたテストで相当に検討した。 100msec刻みなどと小さくしても、なかなかその差はつかめず、さらにデータ数が増大してしまう。 1000msecを中心として短い・長いの両方に分布させても、実際にはいずれにしても「長くなる」傾向があるので、「短い」方を少なく、「長い」方を多くする方が有効である。 結局、上の4つの数値はちょっと半端な感じがするが、1000msecを境として下に1個と上に3個、それぞれ150msecの間隔で分布させてみた。

上の図の上段にあるように、毎回の試行の最初には「実験スタート」という表示が出る。 これを省略した予備実験で、前半と後半の実験がうっかりすると攻守交代してしまうトラブルが起きたためである。 そして、ここから上の図の中段の試行の前半に入るまでに、「1500msec+ランダム時間(0-500msec)」のインターバルを挿入した。 これは予備実験において、前半4発のリズムにほぼ同期して判定キーを押し、その後もほぼ等間隔の後半4発に続いて判定キーを押して、そこから一定の1000msec経過で次の試行にループすると、無意識に等間隔のビート感が生まれてきたので、敢えてランダムな変拍子を挿入して、試行ごとにビート感を分断するためである。

さらに上の図の下段のように、画面中央の棒グラフが次第に進むことで、実験全体のどのあたりまで来たかを刻々と表示した。 これにより、約10分間も続く実験で飽きたり寝くなったりするのを避けて、あと少しで終わる、などと判明するようにした。 また、実際に聴覚的クロノスタシスを判定するには試行の後半の判定データがあればいいが、試行の前半の最後(4発目)のバースト音では、ホワイトノイズにLFPないしHPFをランダムに選択して付加しているが、この選択値と被験者の「明るい」「暗い」という判定も実験結果データとして記録することにした。 これは、両者を比較すると、飽きや眠気などで被験者がきちんと集中して実験に参加していない指標として明確にデータを取捨選択できるためである。これは車酔いの指標によって被験者の無効データを除外した過去の筆者の研究[16]での方針と同じものである。

上の図は、被験者に見えない実験ソフトのメインパッチ(上段)と、60回の試行を重複なくランダムに行うサブパッチ(中断)と、ホワイトノイズ列を生成するサブパッチ(下段)である。 実験条件に合わせて提示サウンド刺激を生成する下段のサブパッチについて補足すると、ホワイトノイズに対してLPFないしHPFをかけて「明るい」「暗い」としたピンクノイズについては、出力音圧レベルをモニタしつつbiquadディジタルフィルタのパラメータとしてQ値とレベルシフトを変更・調整したので、例えば「ホワイトノイズから高域をカットしている分だけ音圧が小さくなる」というような問題を回避している。 また、このホワイトノイズ/ピンクノイズのサウンド素材に左右チャンネルの乗算値を設定してステレオ定位量を設定するところでは、線形パラメータでなく、サイン関数/コサイン関数のゼロからπ/4までの区間に相当する曲線を採用した。 すなわち上流の中段から与えられるパラメータを「0(左端)」「23」「50(中央)」「77」「100(右端)」とすると、中央値50では0.5倍でなく、持ち上げられて(√2/2)倍されている。

予備的被験者実験

筆者の昨年の グロッケン音色の利用に関する考察 の報告では、音楽知覚認知学会研究会のスケジュールとの関係で、実験期間の途中に原稿提出期限があるために、その段階までを予稿集の原稿として提出し、さらに進めた実験の詳細をWebに置いて、その内容を研究会当日に報告するとともに「続きはWebで」とお願いしたが、今回も同じ状況となってしまった。(^_^;)

原稿提出期限と新学期の関係で、筆者の講義を受講する学生に被験者として協力してもらう機会は2科目(サウンドデザイン・音楽情報科学)しかなく、まずは3回生向け専門選択科目「音楽情報科学」を受講した学生10人のデータのみを検討した。 2回生向け専門必修科目「サウンドデザイン」の学生約36人のデータについては、ここに掲載しつつ研究会当日に報告する事にした。 予備的実験の被験者は静岡文化芸術大学デザイン学部メディア造形学科の学生(女性8・男性2)で年齢は20-22歳でありサウンド聴取は健常である。

999, 110 0 0 0 0 0;
126, 1 1 2 0 0 1;
141, 2 0 1 0 0 0;
117, 0 4 1 0 0 0;
146, 2 1 2 0 0 0;
138, 1 4 2 1 1 1;
149, 2 2 1 1 1 1;
106, 0 1 2 0 0 0;
109, 0 2 1 0 0 1;
158, 2 4 2 0 0 0;
144, 2 1 0 0 0 0;
119, 0 4 3 0 0 1;
108, 0 2 0 1 1 0;
124, 1 1 0 0 0 1;
156, 2 4 0 1 1 0;
102, 0 0 2 1 1 0;
143, 2 0 3 1 1 1;
103, 0 0 3 0 0 0;
154, 2 3 2 1 1 1;
147, 2 1 3 0 0 0;
150, 2 2 2 1 1 0;
120, 1 0 0 0 0 0;
118, 0 4 2 0 0 1;
152, 2 3 0 0 0 1;
132, 1 3 0 1 1 0;
145, 2 1 1 1 1 1;
127, 1 1 3 1 1 1;
136, 1 4 0 0 0 0;
121, 1 0 1 1 1 0;
140, 2 0 0 1 1 1;
134, 1 3 2 1 1 0;
125, 1 1 1 1 1 0;
142, 2 0 2 1 1 1;
148, 2 2 0 1 0 0;
151, 2 2 3 0 0 1;
110, 0 2 2 1 1 1;
123, 1 0 3 1 1 1;
139, 1 4 3 0 0 0;
105, 0 1 1 0 0 0;
111, 0 2 3 1 1 1;
122, 1 0 2 0 0 0;
115, 0 3 3 0 0 1;
153, 2 3 1 0 0 0;
104, 0 1 0 0 0 1;
130, 1 2 2 1 1 0;
101, 0 0 1 0 0 0;
133, 1 3 1 0 0 1;
157, 2 4 1 1 1 1;
131, 1 2 3 0 0 1;
116, 0 4 0 0 0 0;
135, 1 3 3 0 0 1;
137, 1 4 1 0 0 0;
113, 0 3 1 0 0 0;
100, 0 0 0 1 1 0;
155, 2 3 3 1 1 0;
107, 0 1 3 0 0 0;
114, 0 3 2 1 1 1;
112, 0 3 0 0 0 0;
129, 1 2 1 0 0 1;
128, 1 2 0 1 1 0;
上は、ある被験者実験の結果データ(plain text file)であるが、この実験では実験ソフトのループ処理にバグがあり、全60回の試行の最後の60番目を実行せず、さらにデッドループから抜け出すためにダミー入力することで59回目のデータが無意味なデータに上書きされたことで、有効なデータ数は58試行(×10人=580データ)となった。 各被験者の試行はそれぞれ重複しないランダムに選択されているので、前述の実験条件により3×5×4=60種類ある試行データ数には多少の多寡が生まれた。 このバグは次の本実験では改善した。

上のデータの各行がそれぞれの試行結果であるが、先頭の数字が999とあるのは、実験冒頭に被験者が設定した音量(初期値100)であり、それ以降の各行の先頭の数字は0から59までの試行番号に100を加えた(桁を揃えた)ものである。 一例として上の被験者データの2行目(実験データの最初)の

126, 1 1 2 0 0 1;

というのは「実験26」であり、これに続く「1」は前半サウンドの定位が「中央」、次の「1」は後半サウンドの定位が「中央やや左(data=23)」、次の「2」は<可変時間>(ボタンを押してから後半のバースト音列の最初までのインターバル)として「1225msec」を提示した事を意味する。 その次の「0」は試行前半4発目のサウンドがローパスフィルタの「暗い」音であること、その次の「0」は被験者がこれを「暗い」と判定した事を意味するので、被験者は正しく聞いている有効データと判断できる。最後の「1」は、被験者が<可変時間>をその後のバースト間隔よりも「長い」と判定した事を意味する。 聴覚的クロノスタシスがあれば、この<可変時間>が1000msecよりも大きいのに「短い」と判定される境界が出てくるのでは、という仮説の実験である。

この予備的実験では、被験者数が10人と少なく、また前述のように60試行のうち1試行と60番のデータが欠落するという欠点はあるが、全体の傾向として実験を改良するために検討する意義のあるデータである。 以下、まず次項では、 先行研究 と同じ条件の追試ということで、試行前半のサウンドが左端ないし右端に定位していて、試行後半のサウンドも左端ないし右端に定位する、という実験について整理したので報告する。

先行研究の追試条件の実験結果

実験データの解析については、以下の4種類を計画した。 実験結果の全ての生データ(被験者の個別データでなく無作為の順番でマージしたファイル)、上記4種類の集計結果データは以下である。 以下は、一例として集計(4)の結果から、 先行研究 の追試に相当する、「左→左」「右→右」「左→右」「右→左」の実験結果を以下に示す。 バグにより実験番号159(1375msec)のデータが欠落しているが、定性的には一瞥するだけで、明らかに聴覚的クロノスタシスとして仮定した現象を見出すことができた。
100 - 左 - 左 -  925 msec - 7 / 1
101 - 左 - 左 - 1075 msec - 8 / 1
102 - 左 - 左 - 1225 msec - 4 / 5
103 - 左 - 左 - 1375 msec - 4 / 5

156 - 右 - 右 -  925 msec - 9 / 0
157 - 右 - 右 - 1075 msec - 5 / 4
158 - 右 - 右 - 1225 msec - 4 / 5

116 - 左 - 右 -  925 msec - 6 / 3
117 - 左 - 右 - 1075 msec - 4 / 5
118 - 左 - 右 - 1225 msec - 2 / 7
119 - 左 - 右 - 1375 msec - 4 / 5

140 - 右 - 左 -  925 msec - 5 / 4
141 - 右 - 左 - 1075 msec - 7 / 2
142 - 右 - 左 - 1225 msec - 4 / 3
143 - 右 - 左 - 1375 msec - 0 / 8
上の各行データの先頭は実験番号(+100)、右端のスラッシュの左側は<可変時間>(ボタンを押してからバースト音列の最初までの時間)が、バースト音の等間隔の時間よりも「短い」と判定した被験者数、スラッシュの右側は「長い」と判定した被験者数である。 この実験結果から 先行研究 の結論である「925msecが825msecに縮んだ」と同様の数値的表現に変換するには、先行研究のようにウィルコクソンの符号順位検定のような手法を用いることになるが、本稿ではまず簡単に、以下のように有効データの重み付けによって重心を計算してみた。

比較している基準の物理的間隔1000msecを基準にすれば、925msecというのはoffset「-75msec」、そして1075msecというのはoffset「+75msec」ということであり、さらにoffsetの大きい設定値についても同様である。 有効データ数が個々にばらついているので、このoffsetにそれぞれの重み付けをして平均すれば、全体として「平均するとこのあたり」という重心は簡単に計算できるので、今回はまずこれを計算した。

例えば、データ100-103の「左→左」の場合には、

という値を合計して、その結果を4で割った値が平均の重心offsetとなるので、これに基準の1000を加えた数値として「1069msec」という値を得た。 offsetに乗算している重みは、例えば「試行100」を例とすれば、マイナス側では「7 / 1」の7(スラッシュの左側)が分子、7+1=8が分母となるが、例えば「試行101」を例とすれば、プラス側では「8 / 1」の1(スラッシュの右側)が分子、8+1=9が分母となる。 他についても同様の計算を行うと、以下のようになった。 この結果データを、ここでは単純に「定位が移動しない」ものと「定位が逆に移動する」ものとでそれぞれ平均して 先行研究 に倣った書き方をすれば、この予備的実験においても、聴覚的クロノスタシス錯覚によって「953msecが907msecに縮んだ」という事になった。 先行実験の追試としてはまずまず良好な結果であると言えよう。 ここまでをまとめて、日本音楽知覚認知学会2014年春期研究発表会の予稿原稿として提出したのが これ である。 (←ミスがあり研究会の会場でこのように訂正しているので注意)

37人の被験者による本実験

前述の予備的実験(被験者10人)に続いて、筆者の担当する必修科目「サウンドデザイン」の受講者に協力してもらい本実験を行った。 被験者は静岡文化芸術大学デザイン学部メディア造形学科の学生(女性32・男性5)で年齢は19-25歳でありサウンド聴取は健常である。 被験者37人の中に、1人の過年度生と1人の韓国人交換留学生と1人の中国人留学生がいるが、実験の説明は問題なく理解した。 実験の詳細は前述の予備的実験と完全に同一であり、パグが取れて37人分・各60試行の実験の全データを問題なく収集できた。

予備的実験に協力してくれた3回生と、この本実験の被験者である2回生の大きな違いとして、新学期の「サウンドデザイン」の初回というのは、学生にとっては、学科専任教員である筆者から受講する最初の専門科目である、というフレッシュな緊張感があり、実験の直前に深呼吸タイムを設定して、さらに「10分間の集中に挑戦してみよう」と呼びかけることで、きわめて高い集中度を実現することができた。 これは、各試行前半の「明るい」「暗い」判定が異なっている(被験者の集中が乏しいと思われる)「怪しいデータ」が、37人の60試行の全体で計18個しかなかったこと、さらにそのうち6個が1人の特定の被験者に集中していたので、この被験者のデータを除外した36人分のデータについては、全体で12個だけしかない、という良好なデータとなった事で明らかである。 この2種類の結果データをソートした元データが以下である。

10人分の実験データの、それも左端と右端だけの定位であれば手計算でも行えるが、37人/36人の60試行の実験結果データについては、以下のように集計するソフトをMax6にて作成して集計した。 以下のスクリーンショットでは、パッチの左側のテーブルで表示されているのは、左下が60回の実験それぞれに「長い」とした被験者のカウント、その上が60回の実験それぞれに「短い」とした被験者のカウント、そして左上は前述の予備的実験と同様に重み付けをした、3×5=15通りのサウンド定位に対応した「伸びた時間」のオフセット値である。

3×5=15通りのサウンド定位については、試行前半のサウンド定位は「左端」「中央」「右端」の3種類、試行後半の比較対象のサウンド列の定位位置として「左端」「中央やや左」「中央」「中央やや右」「右端」の5種類がある。 まず、定性的な確認として、36人のデータを対象として、60回の実験の「長い」と判定された被験者数のグラフを拡大して、3×5=15通りのサウンド定位ごとの以下の4種類のインターバル時間(実際の実験では被験者ごとに出現するタイミング/順序は全てランダム)を、「最小」→「最大」を結ぶラインで可視化してみた。

すると以下のように、細かい上下変動はあるものの、15通りのブロックごとに、全て基本的に「右上がり」の傾向(インターバルのより短い実験を「より短い」、インターバルのより長い実験を「より長い」と判断している)が現れた。 これにより、被験者の判定評価として、インターバル時間の長さについて有効な知覚が行われていたものと推定できる。

次に、上述のように、予備的実験と同様に重み付けをした、3×5=15通りのサウンド定位に対応した「伸びた時間」のオフセット値のグラフについても、先行研究のようにウィルコクソンの符号順位検定のような手法を用いることになるが、本稿ではまず簡単に、以下のように有効データの重み付けによって重心を計算してみた。 計算の元データとなるのは、「前半の定位」3パターンと「後半の定位」5パターン、計15通りの実験条件ごとに4種類を設定したもので、比較している基準の物理的間隔1000msecを基準として、925msecはoffset「-75msec」、1075msecはoffset「+75msec」、1225msecはoffset「+225msec」、1375msecはoffset「+375msec」、として、このoffset値の試行に対して「長い」と判定した被験者の割合を重み付けして4で割り平均した。 その結果は以下(縦軸はフルスケールに見やすくするために全データから70を減じた)のようになり、実験結果データ14番(前半は右端、後半も右端)が、一見して明らかに異常が認められた。

心理学実験に予断は禁物であり、「このようになってくれたら嬉しい」という期待も禁物であるが、敢えて定性的にこの実験を行う前の「予想」を紹介すると、以下のようになる「傾向」が出てくれれば万々歳であった。 すなわち、最初の実験[0-4]の結果としては、前半の定位が左端で、後半の定位が「左→右」にくる5種類なので、聴覚的クロノスタシスがあると仮定すれば、次第に右上がり(赤線)のような傾向となり、定位の移動距離が大きくなるほど、時間的に伸びることを想定していた。 また、真ん中の実験[5-9]の結果としては、前半の定位が中央で、後半の定位が「左端→中央→右端」にくる5種類なので、聴覚的クロノスタシスがあると仮定すれば、次第に右下がりから右上がりにV字(赤線)のような傾向となることを想定していた。 そして、最後の実験[10-14]の結果としては、前半の定位が右端で、後半の定位が「右→左」にくる5種類なので、聴覚的クロノスタシスがあると仮定すれば、次第に右下がり(赤線)のような傾向となることを想定していた。 その意味で、全体としてはおおむね上記のような傾向があるようにも見てとれるが、最後の実験[14]の結果だけが、大きく外れているのである。

上述の「希望」の話は捨てて、引き続き、ここでは全データを以下のように処理した。 実験条件として、前半の定位が左端で後半の定位が「左→右」にくる5種類と、前半の定位が右端で後半の定位が「右→左」にくる5種類はちょうど対称の関係にあるのでそれぞれその平均をとり、前半の定位が中央で後半の定位が「左端→中央→右端」にくる5種類は3番目の「中央→中央」を境にして対称の関係にあるのでこれも中央以外については平均をとった。

この結果データを、 先行研究 に倣った書き方、すなわち実験において被験者全体の評価時間(1000msecよりも長くなる)の逆数から、「心理的に1000msecとなる(縮んだ)時間」に変換して、実験の前半が両端いずれかである5定位のデータ(左側)と、実験の前半が中央である3定位のデータ(右側)として表示したグラフが以下である。

結果

上の結果データから明らかなように、実験を行う前の定性的な「予想」については、実験で検証することは出来なかった。 上のグラフの上部を拡大した以下の図を見ると、実験の前半が両端いずれかである5定位のデータ(左側)と、実験の前半が中央である3定位のデータ(右側)のうち、後者については、予備的実験と同じような言い方をすれば聴覚的クロノスタシス錯覚によって「931msecが916msecに縮んだ」、そして「定位量が半分の地点では921msecに縮んだ」という事になる。

しかし、実験の前半が両端いずれかである5定位のデータ(左側)については、個々の実験条件のデータが明らかに「暴れて」いて、上のような定性的に線形関係のような結果は得られなかった。 これが、今回の本実験の結果である。

考察

先行研究 を拡張する、という視点で行った予備的実験では良好に追試が出来たものの、空間的定位量をより細かく区分した本実験では、残念ながら十分な結果を得ることが出来なかった。 実験前半の音素材を中央に定位させて、粗く3段階ながら左右に定位量を振り分けた実験については、all or nothing という先行研究を拡張した傾向を認めることが出来たが、より精度を上げた検証には失敗したことになる。

サウンド素材を純音からノイズに切り換えた事については予備実験を含めて問題はなさそうなので、まずは実験システムと被験者の聴覚的行動について、改めて検証することが必要であると思われる。 また、合計で約10分間かかる実験のストレスと集中低下についても、今後、さらに検討が必要であると思っている。

参考文献