電力品質(Power Quality) 視察ツアー2002


1991年に技術士(情報工学部門)、1992年に技術士(電気電子部門)に合格、 1993年に独立して「 ASL長嶋技術士事務所 」を開設、現在でも技術士 (Professional Engineer (PE) / Lisenced Consulting Engineer Authorized by Japanese Government)としても活動しています。 それ以来、「ノイズ対策」は専門の一つとして多くのセミナー講演や執筆とともに、具体的な 企業などからの相談を受けて企業内教育や診断・対策などの個別対応をいろいろと行って 来ましたが、技術士業務の守秘義務(技術士法)により、その詳細は全て非公開でした。

セミナーや雑誌の連載や特集記事をきっかけとしたノイズ対策の依頼も少なくない のですが、過去に工業調査会から出版した単行本、

の3冊は反響が大きく、読者となった企業・団体・機関・個人などからのノイズ対策の 相談が編集部などを経由していくつも舞い込みました。

そして今回、またまた工業調査会から10冊目となる

という 単行本 を出版しました。この中では、従来の古典的なノイズ対策だけでなく、 地球環境対策が重視される21世紀になって、新しいノイズ対策の視点が必要に なった、と説きました。そのキッカケは、米国EP(Environmental Potential)社の EP2000というノイズ対策製品との出会いです。 今回のツアーは、EP社の日本総代理店であるエコパル社の企画ですが、 エコパル社の山本社長からの突然のメイルのきっかけもまた、上記の拙著でした。 その後、色々とあって、今回のツアーに至った(詳細省略)のですが、 今回は技術士事務所の業務としてでなく、まずは大学の受託研究という 枠組みでスタートすることにしたため、ようやくノイズ対策の話題を 紹介できることになりました。 もちろん個別の企業名などは出せませんが、これを機に、 「地球環境対策に貢献する」という公的な使命感(^_^)をもって、 ノイズに関する話題提供もしていきたいと思っています。

・・・と言っても、このページは要するにいつものデジカメ紀行です(^_^;)。 電力品質(Power Quality)とかノイズ対策の真面目な話もちらっとは 書きますが、9/11テロ以降、厳しさが半端ではないアメリカへの 外国人旅行記として、あるいは地球上で繁栄を謳歌し続ける アメリカの風景記として、軽く眺めていただければ幸いです。 ただし、写真は2000枚以上ありますので覚悟して下さい。(^_^;)


2002年10月29日(火)

この初日はとても長い長い一日になりました。 まずは、いつもの定番で恐縮ですが(^_^;)、浜松駅からスタートして 新幹線、東京駅からNEXで成田空港までの移動です。

成田空港に着きました。いつもの素通り風景と違って、今回はなんと、 お呼ばれ出張ということで、 成田-サンフランシスコがANAのビジネスクラスでした。そこで 初めてANAの空港ラウンジに入ることになり、嬉しくて写真も 撮りまくりました。(^_^;)

さて、これがANAのラウンジです。都内までの電話もタダなら、 ビールでもワインでも全て無料で飲み放題。シカゴでのセミナー資料を 作りながらのおいしいビールに、フライト前からいい気分になって しまいました。(^_^;)

ようやく、サンフランシスコへのNH008便のフライト時間となり、 並んでいるエコノミーの行列を横目に軽くパスして乗り込みました。 ビジネスといってもファーストクラスではないので、椅子が大きい ぐらいしか違わないのですが、なかなか豪華な食事とか、 一人ずつのLCDモニタ(映画でもゲームでもオンデマンド)とか、 まぁ嬉しくて写真を撮るようなことは色々とありました。

約9時間のフライトでサンフランシスコに到着してみると、日付変更線を 越えたので時計が戻り、現地は同じ10/29の午前に遡っていました。 到着して入国審査、バゲッジをUAに渡してドメスティックに ゲートイン・・・、と書くと簡単そうですが、以前には経験したことのない 厳しいセキュリティチェックの連続でした。さすがに現場で写真を 撮れないので残念なのですが、通常のセキュリティチェックを済ませて ゲートインしているにもかかわらず、搭乗の際の再チェックで、外国人が 個人で移動しているためか、そのまま搭乗できません。靴まで脱いで、 全身をみっちり検査され、荷物も何度も開けられます。これを結局、 米国内の移動のたびにやらされました。(^_^;)

以下は「シカゴへの道」で、 3時間以上のフライトのあとにシカゴに着いてみると、今度はアメリカ 国内の時差によって2時間を加えて、同じ10/29の17時を過ぎていました。 日本と違って時差を設定して調整するので、夕方6時というと真っ暗に なりました。 全米でも屈指の巨大空港シカゴはのターミナルを移動する地下道は、 光と音で楽しませてくれる立派なインスタレーション作品です。 ICMC1998のミシガン州立大学もシカゴからだったので、懐かしい空港です。 空港にはエコパル社のコバチさんが迎えに来てくれました。

シカゴ・オヘア空港からごく至近のコンベンションセンターの隣の ホテルが、シカゴ3泊の基地となりました。大通りを挟んでセンターと 並んでいるだけでなく、空中通路によって寒くなく行き来が出来る、と いう有難いホテルです。初日は集合したメンバーの顔合せレセプションが ありました。7月末に単行本のイラストを研究室で川崎さんが描いている時に 来てくれた山本社長、5月に来日した時に会っていたEP社のテッド社長 などと再会。そして、この本でも紹介し、会いたかった会いたかった Price教授と遂に会えました(^_^)。この本は関係者には好評らしいの ですが、サインを求められてちょっと困りました。


2002年10月30日(水)

2日目の10/30はいよいよシカゴでの実質的な初日ということで、 まずは3泊滞在したホテルの自室の様子からスタートです。なかなかに豪華でした。 事前にプロバイダで設定していた海外ローミングサービスも無事に 機能していて、ホテルから近距離電話によって地元のアクセスポイントに ログインして、メイルのチェックもYAHOOのニュースも見ることが できました。セミナー資料の制作などのお仕事もしたので、朝食は ルームサービスをとってエコパル社に負担してもらいました。 朝起きてから出かける時なので、ちらかっているのは目をつぶって下さい。(^_^;)

集合時間になり、ロビーに下りて、まずはこれも定番のホテルの 風景いろいろです。個々にはまだ名前と顔が一致していない人もいるので 紹介省略ですが、メンバーもぼちぼち集合して、隣にあるコンベンションセンターで 開催されている、 Power Systems Worldという展示会に向かいました。 この展示会は、Power Technologyカンファレンス/エキシビジョン、つまり 電力技術に関するアメリカ最大の展示会がメインですが、我々の本命は 同時開催されている Power Qualityカンファレンス/エキシビジョン の方です。つまり、この併催の電力品質(Power Quality)の展示会に、 ベンチャーであるEP社が初めて出展した、というところに集まったのです。 これがそのチラシ (関係者用で入場料無料)の表、 これが裏です。

この展示会は一般来場者は30ドルが必要ですが、我々は出展者である EP社のExbitorネームタグによりフリーパスでした。3日間の展示会の 2日目の朝イチというところで、ぼちぼち始まるという雰囲気が分かる でしょうか。EP社のブースにいきなり日本人ばかりが20人ほど集結して いる風景はとても異様で(^_^;)、なかなか目立っていました。 基本的には、幕張メッセや東京ビッグサイト、古いところでは晴海の 国際見本市会場で開催されるエレショーとかPCワールドなどの展示会と 同様のものですが、テーマが「電力」と限定されているので、基本的には 技術的な関係者、あと関連ビジネスの人たちが全米からシカゴに やってくる、というものです。

この日の午前には、ポスターのブースで、Price教授自身による ポスタープレゼンテーションがある、ということで、関係者はそこから 全員集合なのでした。僕はもしかしたら予定していたセミナーがこの日に あるのかも、とパソコンまで背負っていたのですが、セミナーの予定は 変更なく翌日である、と判明したので、いったんホテルに戻って パソコンを置いてきました。展示会会場とつながっているホテルだから 出来る芸当です(^_^)。 再びEP社のブースに戻ってみると、既に準備していたPrice教授だけでなく、 テッド社長以下、EP社のスタッフも揃ってきました。 あまりに多数の関係者が通路を占めているので、最初にEP社のお向かいの ブースの会社の説明を全員で拝聴しましたが、実はここもバッテリ無しで わずかな瞬停をカバーする機器、という面白い出展をしていました。 わかる人はこの写真だけでも十分に分かるでしょう、

さて、いよいよPrice教授のポスタープレゼンです。配付された資料と ともに、その場に居合わせた関係者がこの写真を見れば分かりますが、 そうでなければどうでしょうか(^_^;)。 電気工学・電子工学の基本的なお話だけと言えばそうなのですが、 実はここに単行本にも書いた「EP2000の秘密」のヒントがあった ような気もします。通訳はエコパル社の山本社長です。

・・・ということで、なんともいえない謎をその場に残しつつ(^_^;)、 Price教授のポスタープレゼンが終了しました。ここからは各自が 自由に展示会を見学する、ということになり、デジカメ三昧で 多数の情報収集に乗り出しました。この写真の中からは、翌日の セミナーでもさっそく材料として活用しました。これまた、見る人が 見れば分かるいろいろもろもろ(^_^;)が満載です。 現場にいた人は分かるかと思いますが、ブースを全て、番号順に網羅して みました。ただし、自分の興味に応じて重みがだいぶ片寄っていますので 注意して下さい。

この日の晩は、まずは全員でホテルのロビーに集合し、ホテルから 歩いて数分のステーキレストラン(シカゴでもかなり有名らしく、 多くの著名人が来店しているという写真が多数展示してある)で、 これぞアメリカ、という強烈なステーキに挑戦しました。 これまで、アメリカの本気のステーキとの勝負を避けて来たと いうこともありますが、出されたステーキを食べ切れずにギブアップ したのは、僕にとっては初めての経験でした。(^_^;)


2002年10月31日(木)

3日目の10/31はシカゴでの展示会は最終日ということで、 まず午前中には、依頼されていた「ノイズ対策セミナー」を 行いました。前日の会場で撮った写真もちゃんと部屋でプレゼン 資料に取り込みました。 これが、 以前から準備していて、成田空港のANAラウンジ、さらにホテルでの 作業により当日の朝に完成したプレゼンです。ただし、関係者に だけ見える別ページに置いたOHP資料が、ここでは省略されていて 出ませんが御容赦下さい。(^_^;)  以下は、コバチさんに撮っていただいたその模様です。

この午前中のセミナーと質疑応答をの中では、展示会でチェック すべき「お薦めブース番号」などもお知らせしました。そして 15時までで終わる展示会に全員が再び向かって、昼食を含めて 14時まで自由行動で最後の視察となりました。僕は前日に、分厚い このカタログを 手に、PQの方のエリアのブースを全て番号順に回って このように チェックを終えていたので、この日は会場内で簡単に食事をとって、 あとはPower Technologyの方のエリアをずらっと回りました。 こちらもPQと関係はあるのは当然で、ここでは書けませんが、 新しい発見も2つほどありました。(^_^)

午後には、14時からEP社のPrice教授を迎えての質疑応答セッション がありました。部屋から会場に向かう写真などがありますが、現場では Price教授と並んで座っての議論が忙しくて、写真は撮れませんでした。 「EPの秘密」に迫りましたが、完全には秘密が解けないまま、翌日に 我々をEP社工場で迎えるためにソルトレークシティーに向かうPrice教授は 退出してしまいました。(^_^;)

3日目の晩は、シカゴ市内に出かけての夕食ツアーとしていくつかの コースに分かれました。我々はマイクロバスでジャズのライブが聞ける レストラン「Be-Bop Cafe」に行きました。ちょうどハロウィンで街は 盛り上がり、「シカゴ子供ミュージアム」の中にあるこのレストランで、 食事と音楽とを堪能しました。昨日に続いて、今度は巨大なサラダを 食いきれずにギブアップしました。 帰りには湖岸から、寒いながらシカゴの夜景まで楽しみました。(^_^)


2002年11月1日(金)

4日目はシカゴをあとにして、EP社の工場のあるソルトレークシティーに まずフライト、そしてさらに晩にはリノまで飛ぶ、という強行軍でした。 西に西にと飛ぶので、アメリカ国内の時間調整によって、時間が経過 しても時計を戻す、というのを繰り返したので、これまた長い一日と なりました。まずは、ホテルのロビー集合からシカゴ空港までの道です。

シカゴ空港での風景です。検査しているところではあまりカメラを 向けられないので写っていないのですが(^_^;)、ユナイテッド航空の セキュリティチェックもそこそこ厳しくなっていました。通常は スキャンを通過して預ければそれまで、というバゲッジも、別に 設けられた装置でさらにスキャンされ、日本人の半分ぐらいは 呼び止められていちいちスーツケースを開けられました。 そしてここでも、フライト間近となったゲートインのところで 日本人ばかりが呼び止められ、靴を脱がされてその中身までチェック、 さらに厳重な持ち物検査と身体検査を受けました。(^_^;)

3時間ほどのフライトで、ソルトレークシティーに着きました。ここから、 バスで近郊にあるEP社の工場に向かうということで、昼食をはさんで そこまでの風景です。まぁ、田舎ですねぇ(^_^)。 同じ日のうちにリノまでフライトするのですが、乗り継ぎではないので いったんバゲッジを受け取ってバスに積んでの移動となりました。

このレストランからEP社の工場までは車でほんの数分のところ でしたが、なんと僕はPrice教授に気に入っていたただけたのか、 教授の運転するクルマの助手席に乗せてもらって、先に行きました。 アメリカでもオートマが多い最近ですが、Price教授はミッションの 車に乗っています。買い換えの時にわざわざミッションの車を捜した 僕と完全に意見が一致したのですが、オートマなんて子供のゴーカート みたいなものであり、シフトを動かさないと車を運転している気が しない、ということです。 そしていよいよ、EP社の工場にやってきました。(^_^)

EP社の工場といっても、まだベンチャーで規模が小さく、製品として EPシリーズを生産するだけではもたないのか、OEMでの基板製造が メインのようにも見えました。製造しているのは、調光機器の制御回路や 照明機器の電源回路で、いわばEP2000で取りたいノイズを発生している システムです。こりゃマッチポンプだなぁ(^_^;)、という気もしたのですが、 会社が存続されるためには必要なのでしょうか。
以下、工場内の写真なのですが、我々が欲しい情報/ブツは全て綺麗に 隠されていて、要するに単なる町工場というものでした。まぁ当然 といえば当然です。不自然にスポッと抜けている部品棚が印象的です。 なお、この部分の写真については、現地に一緒に行った関係者だけが 見えるようにしてあります(「スタッフ」の皆さんはパスワードを 知っていますよね(^_^))ので、それ以外の方は残念ですが見えません。(^_^;)

いろいろな想いを残して(^_^;)、EP社の工場をあとにして、我々は ソルトレークシティーの空港に向かいました。この都市には モルモン教の総本山という観光名所がある、ということで、そこにも 寄りました。そして、ユナイテッドよりさらに厳重なセキュリティの 検査を受けながら、フライトは次の目的地、ラスベガスで有名な ネバダ州の「世界で一番小さな世界最大の街」リノ(Reno)に向かいました。 以下はその空港到着までの様子です。

さて、リノの空港に着いてみてまず驚いたのは、搭乗ゲートの ところに多数並んだスロットマシン群でした。ゲーセンみたいだなぁ(^_^;)、 と思ったわけですが、実はこれは現金がびしばし出てくる本物の ギャンブルマシンなのでした。これが、いよいよ始まったリノの イントロとなりました。以下、実は市内中心部、最大のカジノリゾートでも あった我々のホテル「エルドラド」までの道です。

いざ現地に着いてみると、ホテルであるよりも「エルドラド」は 市内最大のカジノでした(^_^;)。そして、EP社の広報担当の女性の 旦那さんがここのマネージャだということで、我々はいきなりVIP ルームでタダのビールをいただきながらチェックインを待つ、という リッチな立場となりました。以下、22階の展望良好、3畳ほど ありそうな巨大なベッドの横にジェットバスの風呂がある(^_^;)、という 僕の泊まった部屋の模様までの驚嘆の記録です。

気をとりなおしてロビーに集合し、この日の夕食は、ホテル内の 中華料理レストランを堪能しました。カジノリゾートですから、 カジノはもちろんレストランもホテルも完全に24時間営業、 カジノで儲け続けている人はいくらでもここに滞在しても住んでも いい(^_^;)、という凄い世界です。日本人の小市民にはちょっと理解 できないのですが、建物の中にいると、まったく時間の感覚が 失われました。


2002年11月2日(土)

実質的にはこの渡米ツアーの最終日となった5日目の11/2は、 午前中は一部メンバーが近郊にゴルフに出かけるということで、 午前中から自由時間となりました。なんとも迷宮のような巨大 ビルを探検しながら通路を進むといつのまにか隣のカジノビル (カジノとショップとレストランとイベントステージ等)に 入っていて、さらに進むともう一つのカジノビル。要するに、 市内中心部のこの大きな3つのビルは全て2階の空中通路で つながっていました。20歳以下は現金を賭けられないのですが、 そのためのアーケードゲームコーナー(ゲーセン)ももちろん完備、 家族揃って楽しくギャンブルできます(^_^;)。
以下、「これぞアメリカの繁栄の象徴」とでも言える世界の探検の 記録です。1階のドアの外が明るいのにふと気付いて出てみると 外は健康的に快晴なのですが、建物の中ではまったく時間の止まった 不夜城。欲望と快楽にどっぷり浸かった不健康な世界が24時間、 エンドレスに続いているのでした。これがカジノなのですなぁ。

14時に予定されていたのにゴルフ組の帰りが遅れて、予定されて いた最終ミーティングは15時半になりました。この間に、ちょっと した時間つぶしのためにスロットをしてみると、5分ほどで60ドル ほど勝ったのですが、まだあと少しある、と続けたら結局、負けました(^_^;)。 以下はそのミーティングから、ホテル内のレストランでの最後のディナー までの様子です。結局、毎日欠かさず美味しく飲み続けました。

ディナーが終わると、あとは各自の「最後の夜」ということで、 あまり人に言えない場所(^_^;)に行ったツアーもあったようなのですが、 僕はこの日の朝からチケットカウンターに行って、前から3列目と いうベストシートのチケットを買っていた、エルドラド内のホールで 行われるショーに向かいました。男性6人のタップダンスチームの パフォーマンス、と言えばそれまでなのですが、いやー、本場 アメリカのショーパフォーマンスの神髄を堪能しました。 入口で「カメラは駄目」と言われたのですが(^_^;)、ストロボを 焚かなければ本番が始まればこっちのもの、びしばし撮りました。 帰りにはプログラムとともにビデオも買ってきたのですが、これが 大当たりの素晴らしいビデオです。欲しい人は現地に行って下さい。 いやー、最後の晩にふさわしいショーの体験でした。(^_^)


2002年11月3日(日)-4日(月)

さて、いよいよ最終日となりました。この日は朝4時半に起きて フロントに朝5時集合、リノからサンフランシスコに飛び、さらに そこから日本に帰る日となりました。サンフランシスコで皆さんと 別れてまた帰途はUAラウンジ経由のANAのビジネス(^_^)、そして 飛行機は太陽を追いかけてまったく暮れないのですが、日付変更線を またいで翌日11/4の午後に成田到着となりました。 帰りはスーツケースを押す力も弱くなり、成田空港駅でNEXを撮り、 東京駅で新幹線に乗り込んだところで力尽きました。以下、その帰途の模様です。

・・・お疲れさまでした。(^_^;)